act.7 (7/7)


なんだかんだと、子ども達とも別れ二人で橋を渡り歩道を歩き続ける。
流れる川を視界の隅に映しつつ、結衣は自分より一歩前を行く拓也の背中を見つめた後ずっと握られた自身の手へと視線を落とした。
そして、そこで漸く口を開いた。

『拓也、』
「…なに、」
『…手、』
「…!わ、悪い!」

声色は、少しだけ棘がある様に感じられるが、それはすぐに違うのだと分かった。
ここまで会話も無しに歩き続けていたが、怒っている訳ではない。
繋がれていた手は痛くはなかった。歩く速度も速すぎては無かった。しかし時々見える彼の耳は夕陽の所為なのではと思う程に紅かった。
つまり彼は、照れている。
焦って離された手は彼が握っていたという残り熱を残す。

『大丈夫?』
「お、おう。…結衣は?」
『私なら大丈夫だよ。』
「そ、そっか」
『あ、でもね』
「ん…?」
『私の家ね、反対側』

ドカッ!
と、ここで音を立てて拓也が結衣の視界から一瞬消し、

「それを!先に言えって!」

一瞬で彼女の視界に戻ってツッコミを入れた。

『ご、ごめん!帰れなくはない道だから良いかなって…それになんか怒ってる様に見えたし、』
「うっ、それは…ごめん」
『…なんてね。怒ってはないよなーとは思ってた。だけど、無理して送らなくても大丈夫だよ?疲れてるだろうし…』

離された手へ送っていた視線を拓也へと送ってみれば、気難しそうな顔をする拓也の表情が見える。
疲れている。それはきっとあの冒険をしてきた子ども達皆そうだ。けれど、一番は最前線で戦ってくれていた拓也と輝二の二人。
思えばあの光のエリアからずっと戦いっぱなしで休めていない。拓也も早く帰って弟の誕生日を祝ってあげたいと思っていただろうに。何故彼がここまで意地を張って送ろうとしてくれているのだろうか。結衣は首を捻った。
だが、返ってきた拓也の言葉もまた予想外の物だった。

「…いや、元々そうするつもりだったから、平気」
『、それって』

気難しそうな顔をした拓也の表情が変わり、仄かに赤らんだ頬をそのままに結衣に向けられた。
ぱちぱち、と瞬きを繰り返しつつ見つめ返せば拓也は「その…、」と歯切りの悪そうに言葉を漏らす。

「俺が、その………送りたかったから、」
『あ…えっと、そっか。…ありがとう、?』
「………はぁ、」
『…?』

拓也は何故か重い溜息を吐いた。

――――――………
――――………

改めて結衣の家へと向かう為歩き始め帰路も近くなり始めた頃、最初こそ沈黙を貫いていた彼だが徐々に仲間たちと話していた時の様にデジタルワールドでの冒険の話をし始めていた。
デジタルワールドでも人間界に似た様な味をする食べ物があって驚いた事。
雨の中、仲間たちと逸れた時意外と拓也が行動力のある事をするという事。

「…最初さ、結衣は輝二が好きなのかと思ってたんだ」
『えっ、私が輝二を?』
「あぁ。セフィロトモンの中に居た時に結衣が俺と輝二に伝えなきゃいけない事があるって言ってただろ?だからその時輝二に告白するのかなってちょっと思ってた」
『あ、あの時は…輝二に強く当たっちゃったからどうしても謝りたくて、』
「だよなぁ、今になってそうなんじゃないかって思えてきたんだよなぁ…」

思えば拓也自身、結衣が輝二を好きなのではという勘違いをし始めるきっかけでもある。
今更ながらその勘違いで自分の首を絞めていた事に苦笑すら出来るだろう。

「…あれ、じゃああの時結衣が俺に伝えたかった事って…」
『え?……あ、あぁー…!わ、私もね拓也は泉の事好きなのかなって思ってたんだよね!』

不意に蘇る結衣の記憶。結衣もまたセフィロトモンでの戦いの事は鮮明に覚えている。
そして、何を思ってあの時そう話していたのかも。それを今更ながら思い出し、誤魔化さんばかりに自分もまた薄々感じていた事を口走る。
話題が切り替わった事と、結衣の勘違いの物を聞き拓也もまた「はぁ!?」と声が上がる。

「俺が?泉を?…無い無い、ありえない。」
『そ、そこまで否定しなくても…』
「そりゃアイツは仮にも帰国子女?ってやつだし純平も惚れるくらいだから、可愛いんだろうけど性格がなぁ…」
『そうかな、可愛いし物事もハッキリ言えて、私は憧れの女の子だよ。泉は』
「……いや、結衣は結衣のままでいてくれ」

アイツが二人になるのは勘弁してくれ…。となぜか頭を抱え始める拓也。そんな彼を横目に見た後、彼の言葉を頭で流してから頬を掻く。

『じゃあさ、その性格?ってのが良かったら、拓也は泉の事好きになってた?』
「え?」
『あ、も、もしもの話ね!ほ、ほら、私だってもしかしたら純平や輝二や輝一君を好きになってたかも――』
「それは、やだな」
『え…?』
「…お前が、輝二を好きになってたら…俺はやだな、」
『…っ、』

今ここで、自分が割と問題発言をしていた事に気付き、更にその問題発言の後に拓也の意図してか分からない爆弾を投入され一気に顔に熱が帯びていく。

「きっとさ、あの冒険にお前がいなかったら多分そうなってたかもしんない。」
『…う、うん。…うん?』
「でも、お前がいたからそのもしもの話は無いかな」
『…えっと、』

それはつまり…?自分で振っておいた話題ながら紡がれる拓也の話を本人より読めない話の展開になっており、思わず足を止め首を傾ける。

「あのさ、オファニモンの城に居た時の約束覚えてるか?」
『うん、覚えてるよ』

オファニモンの城――それは、デジタルワールドのエリアが残り一つになりその城の中でキーを探していた時の事。
丁度二人きりになった時に、そんな話を一瞬した。そしてその一瞬の空気を結衣自身が壊してしまったが…。そこまで考えて改めてなんて自分は空気の読めない事をしてしまったのだろうと顔を引き攣らせた。

「あの時はデジタルワールドを守れたら伝えたい事があるって言っておいてさ…。結局ルーチェモンを復活させちまっただろ?…その約束は守れなかったけどさ、」
『ッ!そんな事ないよ、拓也は…拓也達は頑張ってくれてた。ロイヤルナイツだって倒せたし、ルーチェモンだって、』
「うん。だからさ、改めて伝えるって事で良いかな」
『、うん』

背中を向けていた拓也。振り返り、夕陽に照らされたその顔は真剣その物であり、彼の瞳に小さな夕陽の光が差し込む。
これが小学生に出来る様な顔つきなのか、最早結衣自身に彼のフィルターが入っているのではないかという程に煌めいていた。眉と目が近寄った時、拓也は自然と結衣の手を取り小さく微笑む。

「俺…まだまだ弱い所はあるし、リーダーなんて柄じゃなかったし、むしろかっこ悪い所ばっかり見せてたろ?それでよくお前を傷つけたりしたよな」
『あ…あれは、私も弱かっただけで、拓也が一概に悪かった訳じゃ…』

取られた手に気を取られ自然と頬に熱が帯びるも、紡がれる言葉はデジタルワールドでの冒険の際の出来事。
あの冒険では確かに何度か拓也とぶつかる事はあった。状況が状況なだけであり、仕方ない。そう口にしてみれば、拓也は一度きょとんと目を丸くするも直ぐに首を振り握る手はやや強まる。

「それもあるけどさ、守りたかった時に守れなかった時とかあるからさ」
『…それも――』
「聞いてくれ」
『、ご、ごめん』
「あ、いや…。その、俺が言いたいのはつまりさ…。」

どうも悲観的な事を口にする彼に再度口を挟もうとするも、それは拓也自身が制止の言葉をかける。先ほどと打って違うそんな歯切りの悪い言葉を並べながらも言葉を紡いでいく拓也。
一体どうしたのか、とその様子を黙って伺っていれば――顔を上げた彼と視線が交わる。

「俺が…結衣だけの太陽になれるようになるまで、時間をくれないかな」
『え?』
「結衣はさ、言ってくれたよな。俺はお前にとっては太陽だからって」
『うん、』
「だから、本当の意味での太陽になれる様に時間がほしい。それまできっと待たせるかもしれないけどさ…」
『……、』

そんな事はない。そう出掛けた言葉を飲み込んだ。
彼の瞳が、そうさせなかった。
合った視線は突き刺さる様に、物言わせぬ様に二人を沈黙へと誘う。待つ返答はただ一つの言葉。
結衣は一度唇を閉じ、繋がれる手に指を絡ませる。びくりと拓也の肩が跳ねた様に見えたが、その指は答える様に絡み合う。

『…また会える?』
「!…あぁ!また会えるよ。…また会ってさ、みんなとぱぁーっと騒いだりさ、遊んだり、勉強だなんだで頭を悩ませたりさ…。たくさん思い出を作ろう」
『うん、いいね楽しそう』

拓也の口から紡がれる少し先の未来の話。本来なら出会う事が無かった仲間たちとのそんな未来を想像し、楽し気にくすくすと目を細め微笑まし気に笑う結衣の姿。そんな彼女の笑みに拓也は慈しむように、愛しそうに見つめては絡まる手に力を込める。

『なら、待つよ。どれだけ時間が掛かっても』
「うっ…が、頑張るよ」

比喩を交えてそう答えて見せればどこか複雑そうに返事をしてみせる拓也。そんな彼を可笑しそうに笑って見せれば、ゆっくりと繋がれた手を解す。
その手の行方を視線で追う拓也は徐々に結衣自身に送った。

『結構早く着いちゃった』
「あ…」

顔を上げてみれば、結衣の背後に聳え立つはアパートの姿。どうやら彼女の住まう場所はここらしい。
もう着いてしまったのか、と思うと同時に別れがもう目前なのだと理解してしまえば自然と落ちる気分。
自分も家族を待たせている故に駄々を捏ねる事はしないが、それでも寂しいなと思ってしまうのは、今までの冒険で一緒に居すぎた所為か――

『拓也』
「ん…?――、」

不意に名前を呼ばれ我に返る。と、同時にふに、と頬に随分と柔く温かい物が当たるのを感じた。
香るは甘く落ち着く様な香り。擽るは跳ねる黒い髪。映るは――彼女の間近にある顔。

頬に口付けをされたと気付いたのは、その感触だけを残した悪戯な笑みを浮かべる結衣の姿。

「なっ、え…は…!?」
『またね、拓也。おやすみ』

拓也から離れた結衣はもう既に離れた場所に。小さく手を振り、踵を返す彼女の耳が夕陽に当たり余計に紅く見えた時拓也はその場で蹲り未だ残る頬の感触に手を触れた。

「……やっぱ、好きだ」


それはもう、悔しい程に。敵わない程に。

暮れる夕陽は徐々に傾いていく――


………→







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