act.6 (6/7)


今まで見てきた物は、果たして夢だったか。現だったか。
不思議な国を旅した少女の物語も最後は夢として終えていた。
少女もまた、今まで夢を見ていたのではないのだろうか。
名残すらもない、自身の携帯を見て思う。その中にあった携帯の履歴を見て思う。
数え切れない程に不思議な生き物と戦ってきた。不思議な生き物と出会った。
友になったり、喧嘩をしたり、辛くなったり、投げ出したくなったり――
長い、とても長い夢だったのか。

否――夢なんかではなかった。

これが、夢ではない証拠。
助け合う仲間が目の前にいる。何でも言い合える、友がいる。
これは夢なんかではない、と。

何度も並ぶ選択肢に頭を悩まされただろう。
時には間違った選択を選ぶ事もあっただろう。
正解のない世界程不安な物はなかった。未知程恐ろしい物は無かった。完成されていない自分程恥ずかしい物は無かった。
けれど、それと同時に――無限大が広がっているのだと教えてもらった。

周りに合わせてばかりの少女はもうここにはいない。
もう弱虫の少女はここにはいない。

自分で切り拓く力を、この仲間たちから貰えた。
それが何より、彼女の最前線へ走り出す第一歩となったのだ。


―――――――…………
―――………

一命を取り留めた輝一は、しばらくその病院で検査入院。
無事を確認出来た子ども達はしばらくその瞳を涙で濡らしていたが、病院を出るとその顔ぶれは冒険をしてきた時とは変わらない物となった。
口から出る話はデジタルワールドの話ばかり。
傍から見れば、子ども達の様子は不思議な物とでも呼ぶべきか。集団で夢を見たか、好きなアニメを語っているのか。
それを知るのはその子ども達のみぞ知る。

語るにはまだ、語り切れない程の物語がある。
しかし、こちらの世界では夕方で、心配する親もいる筈――
最初に仲間たちに別れを告げたのは――

「悠太!!」
「ぁ、お母さん!」
『お母さん、』

悠太は理不尽とはいえ、何も言わず人間界から消えてしまった最年少の子ども。
帰路を辿り、先に帰すべきは悠太だと誰もが賛成し正に母と逸れた悠太を会わせようとなり、その駅のホームへと戻ってみれば案の定であった。

「急にいなくなったから吃驚したのよ?さっきは変な物が渋谷中に流れたらしいし…」
「…ごめんなさい、お母さん」
「もう…って、結衣も一緒に居たの?」
『うん。大丈夫、悠太はすぐに見つけたから怪我も無いよ』
「そ、そう…?」

すぐに見つけられたか、それは否だがこうしてまた姉弟揃って母の前に姿を見せられたのは幸運だっただろう。
久しぶりの母の姿。随分と長くその姿を見てはいない。とは言ってもこの世界とデジタルワールドは流れる時間が違う故に、母からしたら久しぶりでも何でもない。しかし、子ども達はそうもいかず、しばらく振りの母の姿に耐え切れず悠太も抱き着いていた。
結衣も、本心抱き着きたくて仕方なかった。
けれど、それはしなかった。
ぐっと、拳を強く握り耐えていれば母は結衣の後ろでこちらの様子を見ている子ども達に気付くと視線をそちらへ。

「…?結衣、その子たちは?」
『あ…えっと、』
「メールで言ってたお友達?」
『そ、そう!そうなの、約束してたから』
「そう、結衣と悠太がお世話になってます」

デジタルワールドに行く前に、確かそんなやり取りをしていた事を思い出した。
風邪を引く父の看病の為に吐いた嘘。
その嘘が今こうして役に立っているとは思わなかった。
流石にデジタルワールドに行っていた、なんて親に話した所で信じて貰えるのかは分からない。
結衣の反応を見て拓也達もまた空気を察したのだろう、「どうも!」とそれぞれ軽く挨拶をする。
疑いもせず拓也達に挨拶をする母に多少の罪悪感は感じられたが、友というのは本当の事である故に内心複雑だろう。
しかし結衣はそれ以上に大切な事を母に伝えなければならなかった。人間界に戻れたら、話そうと思っていた思い。自分の選択を、

『お母さん。あのね、帰ってきたら話したい事があるの。…聞いてくれる?』

握り締めていた拳をゆっくりと開き、母の目を見て真直ぐに見つめる結衣。
その表情に、何かを察したのか悠太を抱きしめていた母は一度悠太から離れ、応える様に真直ぐに見つめ返すと、小さく頷いた。

「えぇ、聞くわ。…じゃあ悠太行こっか。お婆ちゃんち」
「うん!…お姉ちゃん、みんな。…またね!」
『うん、また』
「じゃあなぁー!」

母の手に引かれ、悠太は駅のホームに再度潜っていく。これから田舎の方のお婆ちゃんの家へ行く。
悠太とは、そこで別れた。
子ども達は手を振りその背中が見えなくなると、一度その場で顔を見合わせた。

「…名残惜しいけど、あたし達も帰りましょうか」
「そうだな。」
「僕のお母さんも、お兄ちゃんも心配してると思うし」
「俺は何より腹いっぱい美味い物食いたいな!」

悠太との別れにより、子ども達も抱えていたホームシックが芽生えたのだろう。携帯を見つめたり、時計を気にしたり家族の心配を口にする。
漸く帰ってこれた世界、寂しくない筈もなく誰もが家に帰ろうと頷き合った。そんな中、小さな不安を言葉にする声が上がる。

「また、みんなで会えるよね?」

不可思議な世界で出会った仲間たち。その縁がこれきりで途切れてしまうのではないか。
そんな不安が襲ったのだろう。
自分に勇気を与えてくれた仲間たち。共に苦難を乗り越えた仲間たち。年齢層はバラバラだけれど、友になれた仲間たち。
友樹のそんな純粋な、別れを惜しむ様な質問を耳にして子ども達は顔を見合わせると次に無邪気な笑みを浮かべた。

「また会えるさ!」
「あぁ。今度は輝一も一緒だ」
「あたしは、みんなにイタリア料理振舞いたいしね!」
「俺も!泉ちゃんと、ついでにみんなに会いたいしな!」
「おい俺達はついでかよ」

これきりの縁なんかでは終わらせない。いつに、なんて約束はしないけれど。
また会える。それだけは、誰もが言い切れた。

『友樹が望んでくれるなら、また会えるよ』

その言葉は、かつて自分の友が自分に言ってくれた言葉。
きっとこの縁は切れる事はない。
安心したように友樹は笑みを浮かべた。

「あ、でも拓也は直ぐに帰っちゃダメよ?」
「は?何でだよ」

皆が一斉に別れ帰る流れになった時、泉がそんな言葉を拓也に投げかける。
理不尽な泉の言葉に拓也は後頭部に持っていっていた腕を降ろし訝し気に首を捻る。

「あら、か弱い女の子を一人で帰らせる気?」
「か弱いって…」

まさか送れとでも言うのかこの少女は。顔が自分でも分かる程に引き攣っていく。どうやって断ってやろうか、と思考を張り巡らせた時泉の表情はにまりと悪戯な笑みが浮かばれ視線は結衣へ――

「ねー?結衣―?」
『…?え、私?』
「なっ!?」

そして予想外の方向に飛び火が行っていた。
視線が自然と結衣に集まり、その当の本人は友樹と手を繋いで事の成り行きを見守っていた。まさか自分に来るとは思っていなかったのか本人も驚く顔をしていたが。

「輝二は花を取りに行かなきゃみたいだし、頼りになるのはアンタしかいないのよ?」
「お、俺は…!」
「頼んだわよー?た、く、や?」
「け、けど…!」

泉の最後の拓也を呼ぶ声色は最早威圧とも呼ぶべき物であろう。その威圧に負けそうになる拓也だったが、何とか声を張り上げ抗議しようとする。

誤解してほしくないが、拓也自身嫌という訳ではない。寧ろ役得すら感じるだろう。
しかし、男子小学生という難しいお年頃でもありこうも公言されるのは羞恥でしかない。泉は分かっているのだ。拓也が結衣をどういう感情で今まで接してきていたのか。
だからこそ見破られているみたいで居心地が悪い。
そして何より拓也自身、結衣に好意を持つ輝二の前でそんな行動をするのも気が引けていたのだ。

故に何とかして羞恥と戸惑いから逃げる方法を働かない脳を動かそうとする。
その時だった。

「それなら俺が送るよ。結衣、行くぞ」
『え…?こ、輝二?』
「は!?え!?」

不意に輝二が結衣の手を引き、歩き始める。その光景に拓也は呆然とし、他の子ども達もおぉ、と関心する声を漏らす。

『…花束はどうするの?』
「送ってからでも取りに行ける」
『そ、そう』
「俺じゃ不満か?」
『え!?い、いや、そういう訳じゃ…』
「なら問題無いだろ。拓也はあんなんだしな」

ずんずんと突き進んでいく輝二と結衣の後ろ姿。
はてさてこれを拓也が黙って見ているだけなのか、泉と純平、友樹はちらりと拓也へと視線を向ければわなわなと肩を震わせる拓也が。

「分かったよ!俺が行くってば!!」

深く考えていた自分が阿保みたいだ!そんな事を言わんばかりに二人の背中を追いかけ、結衣の手を掴む輝二の間に入りその手を取れば、そのままずかずかと歩き進めていき、それを見守っていた輝二もまた呆れた顔で見送る。
その際、結衣が戸惑い気味に輝二へと振り返ったが輝二は直ぐに小さく笑みを浮かべ軽く手を挙げて見せた。

「またな、結衣。」
『輝二…うん、またね』

「…全く、素直じゃないんだから」
「じゃあ泉ちゃんは俺が!」
「僕もー!」
「ふふ、Grazie。ありがとう」

その時の別れは、まるでまた明日も会えるようなそんな別れ方だったとか――…





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