act.3 (3/3)



激しい痛みと衝撃が自分を襲い、見ていた白銀の世界は一瞬にして闇に染まった。
それはまるで、以前月まで吹き飛ばされた時と同じ様な感覚。
体に力が入らない。瞼も開かない。何なら自分の持つ腕も、足も、胴体ですらも、自分の物という実感が湧かなかった。
まるで宙を揺蕩う風の様に、水の中で波の動きに合わせる海藻の様に、自分の体は軽く今にも吹き飛ばされてしまいそうな程だった。
ただ意識を手放すしか出来ない結衣は、そんな自分の体の様で自分の体ではない感覚に、もう疑問すら抱かなくなっていた。

仲間たちと共に機械ごと吹き飛ばされてしまった輝一は、目の前の光景にまた衝撃を受けた。
泉、純平、友樹、悠太、結衣。それぞれの仲間たちの体から浮かび上がるは、もう何度もこの目で見てきたこの世界のデータの様。

「ま、また――」

ふと過る輝一の記憶。それは、ケルビモンを倒し新たにロイヤルナイツが現れ、あまりの攻撃の威力により子ども達がダメージを受けた時の事。
その時も、彼らは、彼女らは、こうして自分の体からデジコードを浮かび上がらせながらこうして地べたに転がっていた。
デジコード。デジモン達はこのデジコードをスキャンされてしまうとタマゴに戻る。ならば人間は…?ロードナイトモンが疑問を投げかけていた。
いや、そんな単純な疑問よりも、輝一は以前にも感じていた「自分」と「仲間たち」との違いに、違和感を感じていた。

「な、何で俺にはデータが出ないんだ…?」

仲間たちと同じだけのダメージを受け、仲間たちと共に倒れ――それでも輝一の体は受けたダメージが少なかったのだと錯覚する程無事であり、意識もはっきりして、何よりデータが浮かばなかった。
運が良かっただけなのではとボコモンやネーモンがそう言葉をくれたが、この違和感は運が良かっただけと済ませられる程単純な物でも無かった。

「――気付かぬか?」
「っ――!」

輝一の抱く疑問、違和感に応えたのはボコモンでも、ネーモンでも、ましてや仲間たちでもない。
皮肉にもその声の持ち主は雪原に倒れる自分の弟の側まで近づいており、その見えない顔を輝一に向けていた。
仮面に映る輝一の表情は自分自身でも驚く程に歪んで、そして動揺を隠せずにいる。戸惑う彼の姿に、ロードナイトモンは更に追い打ちをかける。

「お前は、他の者とは違うんだ。」
「ど、どういう意味だ!」
「この世界ではデータが肉となり、肉はデータとなり得る。つまりデータが出ないのは―――

お前に肉体が無いからだ!」

肉体が、無い。
そう言われてしまえば、どこかで納得してしまう自分がいた。しかし、いつからだ。いつから自分の体は自分の体では無かった。
本当の自分の、輝一の肉体は今――

「ッ!――じゃ、じゃあ、俺は…!」
「魂だけの存在――ぬわっ!」
「よくもぉおっ!」

「どういう事か、教えてくれぇぇえ!!」

意識を取り戻したマグナガルルモンにより、ロードナイトモンはその先の事は告げられず、輝一も納得のいく答えを見つけられずに、その場に置き去りとなってしまった。


一方、カイゼルグレイモンに動きを止められていたデュナスモン。身動きが取れずにいる中、彼の視界にチカチカと何かが入ってきた。その何かに誘われる様に視線を向ければ、そこには戦いにより抉られ、削られた地面が穴を開けデジコードの姿が顔を見せているではないか。
漸く見つけたデジコードの在り処。デュナスモンの力はそのデジコードをスキャンするという目的を思い出し、溢れ出す。
カイゼルグレイモンを背負い投げし、怯んでいる所を隙に更に顔を出せと言わんばかりに地面を自慢の腕力で破壊。
…しかし、

「な、なに…!?こ、これは…切れている…!」

中途半端に途切れたデジコード。これがここ、氷のエリア全てのデジコードな訳が無い。
ここで、純平の作戦は成功となっていた。

「結衣、しっかり」
『…っ、一体何が…皆は…?』

揺さぶる誰かの声に身じろぎ、冷たい雪に手を付きながら起き上がる。肩を支えるは、仲間たちと共に衝撃を受けた輝一の姿。痛む頭を抑えながら周りを見回せば徐々に起き上がる仲間たちの姿が。

「あたし達は無事よ…。でもどうなったの…?」
『…、輝一君?』

同じく何かしら衝撃を受け、うまく働かない頭を摩りながら泉が応える。その姿を見て、安堵の息を吐けば、自分の体を支える輝一の手に僅かに力が入ったのを、結衣は見逃さなかった。
僅かな痛みに、輝一を呼ぶが彼は何やら難しそうな顔をして結衣――いや、どこか別の方へと意識がいっている様に見えた。
そんな彼の姿は、もう結衣にとって随分と見慣れ、不安を煽る物で――思わず彼の肩を掴む手に自分の随分と冷め切った手を添えた。

「…?結衣、どうし」
『輝一君は、』
「え?」
『輝一君は、消えないよね』
「!」

どうして、今そんな事を。結衣の口から零れたその言葉に鳩が豆鉄砲を食ったような表情になり、そんな彼女の問いかけに輝一は一瞬どう応えようかの返答を悩ませた。
今にも消えそうになっていたのは、君たちじゃないか。そんな言葉も出かけたが、同時に先程のロードナイトモンとのやり取りを思い出してしまい、うまく言葉に出せず飲み込んだ。
その数秒間。結衣も自分が今妙な事を聞いたと察したのか、「あ、えと、」と歯切りの悪い言葉を並べ添えていた手を離した。

『輝一君も、怪我してないよね』
「ぁ――、あぁ。俺は大丈夫だ。この通り、」
『それなら、良かった。それだけ。』

ごめんね、変な事聞いて。困った様に笑う結衣に、輝一は真直ぐに彼女の言葉が受け入れる事が出来ず、居たたまれなくなった彼はふい、と顔を背けた。

「カイゼルグレイモン達は…?」
「…戦ってる」

その言葉に、一同の視線はアキバマーケットで戦う彼らへと向けられる。もう雪玉を投げる装置は壊れてしまっている。結局は子ども達は応援しか出来なくなった訳で、状況も状況として良いとも悪いとも言えなかった。
あちこちの地面を破壊するデュナスモンは恐らくデジコードが地面の下と、その地面の下にあったデジコードがバラバラなのに気付いた。それにより自暴自棄になったデュナスモンは、ロードナイトモンに応援を頼み、バラバラになったデジコードを繋ぎ合わせようと所々離れているであろうデジコードを探るべく地面へとひたすら拳を叩きつけ、見つけ出していると言った所か。
その間、マグナガルルモンとカイゼルグレイモンの相手はロードナイトモンがしているが、やはり二体を相手にするのは難儀な事だったか、押されていた。

二人を相手に苦戦。少し前までの拓也と輝二相手ならロードナイトモンはこんなに押されていない筈。
これは、もしかしなくとも二人はただ負けていただけではないのだと、ほんの少しの希望が見えた。
地面に倒れるロードナイトモンを見て、繋ぎ合わせるデュナスモンへとカイゼルグレイモンの体験が向けられる。

「“炎龍撃”!」
「ぐわぁぁっ!!」

完全に隙を見せていたデュナスモンへ、カイゼルグレイモンの攻撃が背後から入り、ダメージを負う。そこから更に追い詰めようとカイゼルグレイモンとマグナガルルモンがそれぞれの剣を構えながら迫っていく。
しかし、そんなデュナスモンの危機を早々に起き上がったロードナイトモンの帯刃が伸びてきて、二人は纏めて拘束されてしまった。

「ルーチェモン様の為にも、このデータ頂く!」
「っ、渡すものかぁ!」

帯刃を体に抱えていた大剣で切り刻み、拘束から逃れる二人。そしてすかさずその大剣を地面へと突き刺し、炎が地面から突き出しながら溢れ出る。

「“九頭龍陣”!!はぁぁああっ!!」
「ぐぁぁぁああああっ!!」

炎で出来た九頭龍がデュナスモンへと襲い掛かり、その攻撃は見事に命中した。
…が、デュナスモンのデジコードの執着には負けたか、デュナスモンに続く様にデジコードも舞い上がって行き、それに続きロードナイトモンも飛翔していった。

「しまった…!」

デジコードが奪われてしまったという事は――…
その戦いを見守っていた子ども達の足元は気付けば雪原ではなく、デジコードの波。

子ども達の悲鳴がそれぞれ上がり始め、重力が増したにある暗闇に誘い込まれた時、ドサッという鈍い音と共に自分の体に重力が戻ってきたのを感じた。
僅かに温かい温もりがあるのは先程の戦いで余程暖められてきたのか、それとも彼が炎の属性を持って、更に攻撃をしたばっかりだったか。仄かに香る焦げた匂いに顔を上げてみればカイゼルグレイモンが此方を見つめていた。
子ども達は、落ちながらも助けに来てくれたカイゼルグレイモンとマグナガルルモンにそれぞれ助けられたのだ。

「助かったね」
「…すまん、俺がちょっと油断した隙に…」
「違うマキ!よく頑張ったぞい!」
「「「そうだよ!」」」

悔し気に吐くその言葉に、ボコモンも友樹たちもそんな事は無いと励まし合う。
それだけデジコードを重点的に動いていたロイヤルナイツの執着が勝っていただけ、それでもよく二人は戦った方だ。

「それより、残るエリアは残る二つか…」
『確か、時のエリアと光のエリア…だっけ』
「ここから近いエリアは――時のエリアだ」
「太陽と月の村のある方じゃい!」
「ウィッチモンの家があった所ね」
「一刻も早く奴らを止めなければ…」

うん、と誰もが力強く頷く。
それ以上は語らず、カイゼルグレイモンとマグナガルルモンはそのまま子ども達を乗せながら時のエリアを目指すのだった。


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