act.4 (4/7)


場所は移動して、子ども達は生まれ変わったというトレイルモンのアングラーに乗り込み、そこから薔薇の明星へと目指す事になった。しかし空気は皆と分かれた時よりも悪く、その中へ輝二と双子だと言う輝一がダスクモンだったという事を聞き、更にだんまりと誰も喋れなくなってしまっていた。
自分の兄が敵。結衣の弟も前まで敵だった、だからだろうか、結衣もまた輝二の気持ちは少しだけ分からなくもない。
しかし、今まで一人で生きてきた輝二と、片割れの輝一君の生きてきた境遇は結衣達よりも重く、更に結衣と悠太も少ししたらあの二人のようになってしまうのだと理解してしまった。

拓也達と離れて、変わらない景色を見つめる輝二。仲間達から違う車両でただひたすら自分の膝と睨めっこの輝一。彼等はすれ違っていた。

「それにしてももう直ぐだな!薔薇の明星の下に城がある」
「オファニモンが待ってるです」

純平の言葉に、結衣はちらりと窓を見やる。確かに赤いバラのような淡い光が、暗雲の中を照っている。その下には見えづらいがまだ見えづらいがお城もあり、パタモンも何かに気付いたのかずっと一点を見つめていた。ボコモンは気配を感じ取れるんだ、と感心していたがパタモンは「けはいってなんです?」とまるで気配の事を分かってはいなかった。

あそこに、オファニモンがいる。ぎゅっと、拳を強く握りしめる。子ども達に選ばせたオファニモンがあそこにいる。オファニモンは、この状況の子ども達を…仲間達を犠牲にしてきた子ども達をどう思うのだろうか。
デジヴァイスの通信ではセラフィモンが亡くなった事に対して冷静に返してきたけれど…彼女が自分よりも生きていて欲しいと願ったあのウィッチモンまで亡くなり、今この列車にはかつて悪の闘士だった闇のダスクモンだった輝一君も、空間の闘士だったパルグモン持ちの悠太もいる。

オファニモンは非道なデジモンじゃないと断言しても良いだろう。しかしそれでも怖いのだ。
自分の世界を救ってほしいと呼んだ筈の子ども達である私達が、もっとこの世界を悪くしているのではないか、と――

「いよいよか…」
「うん…」
「って、何だよ?もっと盛り上がろうぜ?」
「だって…」

純平が明るく話題を切り替えようと皆に声を掛けるが、盛り上がろうにも盛り上がらない。
オファニモンの待つ薔薇の明星。それを目的にし行動を共にしてきた仲間たち。もちろん喜ばしい事なのだが、それに至るまでが険しかった。
敵だと思ってきたパルグモンも、ダスクモンも、ケルビモンの影響とはいえ悠太も輝一も仲間を傷つけた子ども。
悠太はさながら仲間と少しずつ溶け込んでいけたが、輝一はそうもいかない。更に、衝撃的な事実に輝二もきっと、今まで以上に気持ちの整理がついていないのだろう。上手く飲み込めず仲間たちや輝一と離れ一人で窓の外を見つめている。
そんな状況の中、盛り上がろうと思っても出来ずにいた。

「何度見てもそっくりだよなぁ…」
「双子だもんね」
「でも、ダスクモンが輝二のお兄さんだったなんて…」
「あ、おい…」

小声で、あまり聞こえぬよう話していた純平と友樹。その視線の先にはあの輝一と輝二の姿。双子という事で、やはり似ていた様で、泉も彼らに便乗して話題を振るけれど、そこで空気がまた変わった気がした。泉の言葉に悠太も反応してしまったのだろう。
悠太は居たたまれず座席から立ち上がると、そのまま皆の前を横切り、姉の前を横切って、輝一のいる車両まで走って行った。
罰が悪そうに、泉が「そういえば、そうだったわよね…」と申し訳なさそうに呟いた。
そう、悠太も――

『悠太…』

友樹たちと一緒に行動をしていたとはいえ、やはりそんなに早く皆に慣れる訳がなかった。輝一は、急にこちらに走ってきた悠太に目を見開いていたがすぐに視線を落としてそれ以上の動きは見せなかった。
小声とはいえその会話を聞いていた悠太は眉を下げながら下を俯く。俯きながら、ちらりと横目で輝一のいる方へと視線を向けた。
同じ、悪の闘志と呼ばれた輝一。ダスクモンの正体を知らなかったのは、空間の闘志であった悠太もまたそうだった。


「ねぇ、何か話しかけてあげなさいよ」
「んん…だけどさぁ…」

泉に裾を引かれ、拓也は困ったように輝二達に目をやる。拓也もまた、輝二に声を掛けてやりたいのは山々だったが、今までの自分達の関係からして何となく彼へ話しかけるのは億劫…というよりも複雑だった。兄妹の形は色々とある。喧嘩ばっかりしている拓也や友樹みたいなタイプと、結衣や悠太みたいに仲が良いタイプ。
だが、輝二は――元は一人っ子なのである。そんな彼にアドバイス、っていうのも違和感だった。
そんなデリケートな部分でもあるこの話題に、さすがの拓也も入り込むのは躊躇があった。
普段は憎まれ口を叩きながら喧嘩を繰り返し、何度も本音でぶつかってきた。だが、今じゃそれは逆効果になりえる。下手をすれば、輝二を傷つけてしまうのかもしれない。
故に、拓也は何も言えずにいた。

キキ―ッと、金属が擦れるような音を立てて車両が揺れる。重心が傾いて、揺れが収まった頃にはアングラーはとある小さな駅で止まっていた。どうやら、もう一歩も動けなくなったみたいで、ここで一度休憩に入る事に。相変わらず薔薇の明星らしき光は見えるのだが、それでもまだ遠い所にあるみたいで、近付いた気はしなかった。
そんな遠い所に数時間前に生まれ変わったトレイルモンがいきなり行ける訳もないだろう。なんて思っていれば、目の前に座っていた輝二が立ち上がるなり、小さな駅にある駅舎へと入って行った。悠太もまた一人で立ち上がっては車両から降りて、外でただ黙ってベンチに腰を掛けていた。

輝二はまだ輝一と話さないのだろうか。いや、むしろ話したいけど、しばらく人との付き合いが浅い彼はいざ何て声を掛けたら分からないのだろう。元々輝二という人間は自分から語るって事あんまり無かった。でも、それは――

「……」

きっと、「彼」も一緒の筈。
私は、ちらりとその人物を見たけれど、一瞬だけで結衣は拓也たちの後を追ってトレイルモンから降りた。

「どうにかして、輝二さんと輝二さんのお兄さん、仲良くさせる事出来ないかな?」
「「うぅーん」」
「ほっとけほっとけ!」
「って純平アンタねぇ…」

とは言っても待合室になんて気軽に入って行けず、外で話し合う。このまま二人の間も、子ども達の間でも、気が引く様な雰囲気でいく事も出来ない。
友樹の案に泉と拓也は腕を組み悩ませるが、一方の純平は放っておいた方が良いと言う。
他人のプライベートな問題に首を突っ込むのはどうかと思う。そう言った純平は、手を腰に当てる。自分だったら放っておいてほしいと、言う。その意見に拓也も輝二の性格からしてその方がよいかもしれないと思う。が、
彼は以前トイアグモンの浮かぶ島で、兄弟の事は分からないと言っていた。
一人っ子の彼がいきなり実は兄弟がいました、という事実にどう向き合おうとしているか分からないが、輝二らしくもなく心底悩んでいるのは確か。
そして、あの性格上…輝二も他人を頼る事をしない、というよりもどう頼って良いか分からないと言う人間に違いない。

『輝二は、不器用だから。きっと、頼りたくても頼れないのかも』
「結衣ちゃんまで…」
「…だよな」

じっと、待合室で座る輝二の姿を遠目から見つめる結衣。彼女もまた輝二がどういう人間なのかを理解していた。拓也もまたそれを聞き小さく頷くなり、行動に出た。
扉を開き、中に入って行く拓也。喧嘩、になる事はないだろうが、それでも心配そうに泉達は扉の前で様子を伺う。

「気ぃ悪くするぞ」
「かなぁ、」

二人の会話を聞きながら目の前の二人のやり取りを見つめる。
結衣は純平とは全く真逆の事を考えた。寧ろ、これはよいきっかけに繋がる。
きょうだいって、どんなもんなのかな。
輝二がそう拓也に問いただしたのが聞こえた。
輝二は一人っ子で育ってきた筈。だったら、兄弟がいるって分かった時、どう接すればいいのか分からない筈だ。壁ばかり他人と築いてきた輝二が、その壁を壊して踏み込む、だなんてきっかけさえなければ出来ない。

そして、それは案の定そうだったらしくて、輝二の声は聞いた事のないくらい不安を抱いているような声で弱々しかった。
だけど、これは輝二にとって私達にも、輝一君にも一歩踏み出した、という事になる。拓也はそんな問いに驚きながらも彼に一歩近づいた。

「うち弟居るけど、俺…あんま良い兄貴じゃないからなぁ…。「遊んで!」って言われても自分の友達の方が大事だったし、遊んだら遊んだですぐ泣かせるし」

それでも懐いてくるから兄として良くしなきゃって思う。そう拓也は照れ臭そうに、困ったように頭を掻いた。恐らく拓也の兄弟という形は喧嘩する程仲が良い、というやつだろう。結衣とはまた違った形だった。
その形が輝二にとって参考になったか、なんて聞いても輝二は兄弟そのものが新鮮だった故に困惑の表情を浮かばせていた。

「僕も、お兄ちゃんが大学生なんで…遊んでもらえないって言うか…僕が勝手にそう思って「遊んで」って言えないのも悪いんだけど…」
「うちは兄弟居ないけど、いたらいいな!」
「でも…あたしと性格のそっくりな弟か妹はやだなぁ…あ、妹だったら姉妹か」

拓也に続いて、駅舎に入っては兄の居る友樹が語り、純平と泉はいたらいいな、という理想を語る。
兄弟、か。結衣の場合は姉弟って呼ばれている。皆の話しを聞きながら笑みを浮かばせていた。結衣にとって悠太は家族で、たった一人の弟。まさかこの世界に来てしまっていたなんて思わなかったが…。
駅舎から見える、トレイルモンの窓をジッと見つめていれば、皆が一斉にこちらを向く。

「結衣は?」
『え、私?』
「この際喋っておきなよ!俺達も悠太の事知りたいしな!」
「そうね、悠太君ってどんな感じの子なの?」
『悠太は…』

結衣の脳裏にいる悠太はとにかく甘えん坊だった。お母さんによく懐いているし、結衣にも勿論甘えてくる。学校帰りはいつも一緒。そのくせ泣き虫だし、困った悪戯もよくされたものだ。
だけど、一切ワガママなんて言わない、誰よりも優しい強い子。
そう呟くように私も語っていれば、輝二は微笑ましそうに笑ってくれたような、そんな気がした。

『輝二』
「…ん?」
『兄弟って、きっとその人達の分兄弟の形があると思うんだ。だから、輝二にしか出来ない兄弟の在り方があるんじゃないかな』
「俺にしか出来ない兄弟の在り方…」
「っま、要するに色々試して…えーっと…こういう時なんて言うんだっけ?」
「試行錯誤な」
「そうそう!試行錯誤!」

「…皆、ありがとう」

それにはきっと時間が必要――
結衣達は、駅舎から見えるトレイルモンの窓を見つめた。あの場所にはきっと、輝一がいる筈。彼もまた、闇の中で明るい場所にいる子ども達を見つめているのだろう、と密かに想った。





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