act.2 (2/7)


「パタモン、本当にこっちなのか?」
「こっちに時間のおねえさんがいるハラ〜」
「さっきの爆発音もこっちから聞こえてきていたしな…」
「今ではすごく静かね、」

子ども達はひたすらに暗い森の中を歩き進める。やめておいた方がいいと止めるトレイルモンの言葉を聞かずに、彼らは一度そのトレイルモンから離れ行動を共にしていた。
というのも、もう一人の仲間である結衣を捜しに来ていた。
拓也は輝二、そして輝一と共に待ってくれていた仲間の元へと戻ったはいいが、一人だけ居ない事に気付いた。
理由を聞けば、彼女にしか出来ない事があるとそれだけ残して一人で行動をしていた。
今までの彼女を見てきて、この行動は初めてだった。彼女は理不尽に仲間と別れてしまった事はあったが、自ら仲間から離れる事はしない。
その選択をしたという事は、何かしら理由があったのだろう。そして、思い出されるのはセフィロトモンの中で仲間たちをボロボロに叩きのめしたベルゼブモンというデジモン。
きっと結衣は――

パタモンは子ども達がどこにいるのかを把握する能力があるのかもしれない。結衣の居場所を探し始めた時から、パタモンはずっとこっちです、と一番先頭へ耳を忙しなく動かしながら向かっていた。
時間のお姉さん、それはつまり結衣の事で間違いないだろう。
そのパタモンを信じて、拓也達は歩みを進めた。

「!…いやなかんじです…!」
「え?」
「…何も音もしないけど、」
「う、海だ…」
「悠太君?」

途端、パタモンが警戒を露わにする。同時に一緒に行動を共にしていた悠太もまた、足を止め目の前の光景に酷く怯える様な顔をした。
海、と彼はそう口にした。
しかし、仲間たちの目にする光景はただの大陸のみ。しかし、悠太の目にはしっかりとその真っ暗な黒い海が見えていた。

「海…そうだ、海…ボクらは、この中で出会った…」

悠太は自分の手元にあったデジヴァイスの画面を見つめる。
その画面にはパタモンと同様、警戒心を露わにするスピリットたち。彼らは悠太に向けて小さく頷いて見せ、それを肯定した。

「お姉ちゃんが、危ない…!」

一人駆け出す悠太の背中を追う様に、仲間たちもまた進める足を速めた。

悠太もまた、この海を知っていた。
この世界に来て、ずっとこの海の中を漂っていたのだ。暗すぎて、海にいる事にすら気付けなかったが、この海は空間のスピリットと自分を引き合わせた。
しかし、この海が決死て良い物かと聞かれたら、しれは否。負の感情は溢れ、やがて奥底に抱いていた闇を増幅させる。
息苦しさは無いが、押し潰されそうな憎悪が襲い気持ちが悪く、息苦しかった。

「――お姉ちゃん!!」

その海に、姉が飲み込まれようとしている。
何故そう思ったのかは分からない、しかし悠太の頭は常に警告していた。
足首まで浸るその海は、他の子ども達には見えない、感じない。それがまたもどかしく、彼の足元をもたつかせていた。

「悠太!」
「!…た、拓也さ…」

すると、急に視界が一転すると同時に自分の視界の隅に誰かの頭が見えた。
帽子を逆に被り、ゴーグルをつけるその彼は、自分の姉の希望であり、皆のリーダーと呼ぶべき人間――拓也だった。

「お前には見えるんだな、その海ってのが」
「は、はい」
「結衣も、危ないんだな?」
「はい、」
「なら俺がお前の足になる、だから案内してくれ!」
「!」
「ぼくもあんないするハラ〜」

ぼて、と更に悠太の頭に重たい物が乗る。それは、先程怯えていたパタモンの姿。呆然とする中、そのまま駆け上がる拓也の足。その足は迷いがなく真直ぐに自分の進みたい方向へと進んでいく。自分を背負っているというのに、なんて速さだ。
彼の運動力に目を見開くも、今は姉である。悠太は「この先です!」と指を差した。

――――――………
――――………

ぼう、と漂う海を眺める。水面は結衣の顔を映すだけ。
映る顔は酷く表情のない顔だった。

――結衣

『!…だ、れ?』

――結衣

『だれ、誰なの…?』

――オイラだよ結衣、忘れちゃった?

頭上に赤い光が差す。まるで太陽にも感じられるその光に誘われ、顔を上げる。
自分を呼ぶ声はその光から聞こえてくる。
聞き覚えのある少し懐かしい声。わすちゃった?その問いかけに、不意に脳裏に過るは、あの小さきドラゴンの子ども。
まさか、そんな。だって彼は――

『ドルモン…?』
「っそ、せいかーい!」

名前を呼べば、その光は強く光を帯びていく。あまりの眩しさに手を傘にする。やがてその光が収まった頃に手を外せばそこには彼がいた。
半透明で、実態が無いように見えるがそこには――ドルモンが自身の小さな翼を動かしながら飛んでいた。

「久しぶりだね結衣っ。また傷だらけになってるね」
『ドル、モン…っ、どうして、あなた…』
「うん、今のオイラには実態が無い。データが無いんだ」
『…っ、ゆうれい?』
「あははっ、怖がらないでいいよ。脅かしに来た訳じゃないんだし?」

大好きな結衣にそんな事しないもん。とドルモンの人懐こそうな笑みを浮かべる。
怖がった訳ではないが、実際にこうして実態のない彼を見てしまうと本当に彼はもう存在はしないのだと衝撃を受ける。
ツカイモンの言っていた事は本当だった。嘘であってほしかった事実が、本当だったという事だが。
ひとしきり笑うドルモンは、此方に近付くなりじっと見つめる。しかしそれには構わず結衣は問いかけた。

『どうして、どうしてドルモン!どうして、死んじゃったの、…ツカイモンも、何であんな事に…っ』
「…ごめんね、オイラが言える事は、何も無いんだ。」
『そんなっ、』
「それより結衣、ここに居たらダメだよ」

溢れる疑問はドルモンもまた、答えてはくれなかった。
ドルモンはまるで周りを警戒するように真剣その物の目つきに変わる、のんびりやでマイペースな彼からは見た事のない姿に、結衣は改めて自分が海に浸っていると理解すると慌てて立ち上がった。

『ここは…』
「ここは黒い海。普通のデジタルワールドじゃない場所」
『ここも、デジタルワールドじゃないの…?』
「うん。でも大丈夫。結衣は皆の所に帰れるよ」

この世界に来てしまった方法も知らないというのに、どこからそんな根拠が溢れるのか、しかし今の結衣にとっては抱いていた恐怖心は和らいだ気がした。

『…ねぇ、ドルモン。私は、間違ってたのかな、』
「?…ツカイモンの事?」
『…、』
「うーん。オイラは難しい事よく分からないんだけど…オイラもきっと、間違った事してきたよ」
『ドルモンが?』
「うん、でもそれが分かるのはきっと自分だけだよね」
『…自分だけ、』

結衣は自分の海に濡れたデジヴァイスを見つめる。暗い画面は何も映さない。しかし、確かにその画面の向こうにはロビスモンやヴィータモンがいた。
彼女たちは、自分の行動を少なくとも認めてくれた。しかし、一番必要だったものは自分自身が認めてあげるという事。

「ねぇ、結衣。オイラも、間違った事したら結衣が正してくれてた?」
『え…私?』
「オイラはね、結衣に正してほしいなぁ」
『…重いよ、』
「えー?そんな事ないよ。結衣にしか出来ないよ。ツカイモンだってそう、結衣が正しい道に戻してくれるなら、幸せだと思うよ。間違った道に進んでるなら、尚更。…まぁ、間違わせてしまったのはきっとオイラの所為かもだけど、」
『ドルモン…?』
「へへ、ねぇ結衣。ツカイモンと一緒にオイラも正しい道に、戻してね」
『…それが、それがもし、間違っていたら…?』
「キミには、仲間がいるでしょ?戻してくれる、仲間が」

手を引っ張ってくれる、仲間がいる。
いつぞや純平が話してくれた焚火の話が蘇る。個性の強い仲間たちだが、それが良いバランスになっている。一人でも間違ってしまえば、仲間たちが引っ張ってハッキリと伝えてくれる。

『…戻れるかな、私。みんなの元に、』
「うんっ、だって何度も戻れたでしょ?諦めないで仲間たちを信じてきたんだから。信じて、戻れるって。結衣は一人じゃないよ。頼れる仲間がいる」

そこまで言うとドルモンの額に埋め込まれている赤い石が強く光始める。彼は、この世界から逃れられる方法を知っている――?
それを察しては必死にドルモンへと手を伸ばした。

『それならっ――それならドルモンも一緒に戻ろう!私たちと一緒にいれば、もうっ』
「嬉しいお誘いだけど、…オイラはキミと行く事は出来ないんだ」
『そんなっ、』
「オイラはキミに助けて貰おうと思ってね、会いに来たんだよ」
『助ける!助けられる!お願いだから、一緒に――』
「ツカイモンを!」
『ッ!』
「オイラ達の友達を助けてね、結衣」

光が強く輝きだす。先程よりも眩しく、目を開けられない程の強い光。
結衣はギリギリまで目を細めていたが、耐え切れずそのまま瞼を強く瞑ってしまった。







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