act.9 (9/9)


黒に近い紫色の体色。小さな体に似合わない大きな翼の様な耳を持ったデジモンがそこにいた。
ロビスモンは唖然としながらも、自分のデジヴァイスを覗き込んだ。そこには、ベルゼブモンのデータがあり、そこでようやくロビスモンは自分が勝ったのだと理解する事が出来た。
では、あの力無く地面に伏したデジモンが、かつての友である――
もう戦わなくていい。そう安堵した所為か、力が抜けて進化もやがて解けていく。そして、急いで彼の元へと駆け寄った。

『ツカイモン…』

小さくそう名前を呼んでみると、這いずって逃げようとしていた彼はうつ伏せのままこちらを睨むように見た。彼はもう飛んで逃げる事も出来ない、魔王ですらないただの非力な使い魔。
ようやく、本当の意味で彼に再会出来たような、そんな錯覚が襲った時、彼は皮肉めいた言葉で彼女に尋ねた。

「何で…オイラを殺さない」

余程ダメージを負っていたのかは分からないが、彼の声はベルゼブモンの時のように覇気がなく、掠れており、また息切れも激しい。結衣は彼の問いかけに応えた。

『ツカイモンにはまだ、やらなければならない事がある。貴方が犯してきた罪の数々を償うまで、私は貴方を殺さない』
「…へっ」

まるで味の無くなったガムを吐き捨てるように笑う。彼女に送る精一杯の足掻きだった。

「相変わらずお前は甘いな。いい加減反吐が出る」
『ツカイモン…』
「お前は…お前達は、本当のこの世界の闇を知らねぇ。お気楽な奴等さ」
『ツカイモン、』
「いいか。オイラを倒した事で、ケルビモンを倒した事で、闇はまだ終わらないんだよ」

意味深な、それでいて確信づいたその言葉に、結衣は疑問を持ったがそれと同時に彼は心配しているのだと、思った。思いたかった。相変わらずこの捻くれた性格は変わらないし、分かりづらい。だが、それで良かった。
結衣は静かに手を伸ばした。また前の日のように彼を抱き締められたなら、昔に戻れる気がしたのだ。
だけど、

「触んじゃねぇよ」

パシッという音と共に痛む手。弾かれた手を茫然と握り、結衣は気付いてしまった。
ツカイモンはまだ、闇の中から完全に抜け出せてはいない。

「触んじゃねぇよ…オイラに触んじゃねぇ…!」

それは、決別の言葉と同義語だった。ツカイモンは残された力を振り絞り、頭の羽を広げるとフラフラとしながら飛び立とうとする。結衣はそれを止める事が出来なかった。
追う気力が無かったのだ。
結局、自分は友達を救う事が出来なかった。果たして、この戦いに意味があったのか。救う事も出来ず、ツカイモンを逆にもっと傷つけてしまったのではないのだろうか。
小さくなっていくツカイモンの姿を茫然と眺めながら、結衣は虚ろな瞳でその場へ座り込んだ。こちらもまた体力の限界が来たのだろう、へたり込むなり、結衣は握ってたデジヴァイスの画面を覗き込む。

ロビスモンも、ヴィータモンも、まるで先程の戦いが無かったかのようにスピリットの姿のままこちらを見ている。
先程の戦いはまるで、この魂だけの存在である時の闘士たちが意思を持ったように、動いていた気がする。それこそ、私の体を借りて、だが。

『ロビスモン…ヴィータモン…私の選んだ道は…私の出来る事はこれで良かったのかな…』

問いかける。何故か視界が歪みだし目頭も熱くなり、やがて溢れ出てきた涙が頬を伝い、デジヴァイスの画面へ落ちる。
キュウビモンという犠牲を出して、得た結果がこれだ。これでは自分を助けてくれたキュウビモンが報われないのではないか、と密かに思った。

――大丈夫だよ

『…!』

これは、幻覚だろうか。それとも、夢…?
自分の声に良く似た声が近くで聞こえ、顔を上げてみれば、そこにはロビスモンとヴィータモンがこちらを優しそうな眼差しをして見ていた。すると、今日一番で頑張ったであろうヴィータモンがこちらに近付くなり、頬に擦り寄ってくる。実体はないけれど、それでも感覚は何となくあり、触れているであろう部分はとても暖かい。そして、ロビスモンは私を見つめると思いきや、次には私の手を優しく包み込み、小さく頷いた。

私の選択は間違っていない。大丈夫だよ、そんな事を言われているような気がして、ようやく肩の荷が下りたような感覚がして、気持ちもそれなりに軽くなっていくのが分かった。

『ありが、とう…っ』

涙で霞んで、瞬きをしてみれば、雫がデジヴァイスに落ちた時、幻覚で見えたロビスモンとヴィータモンは消えてしまい、気付けば結衣はその場に崩れる様に地面へと体を寝かせた。



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