act.6 (6/9)



負けてもおかしくないのに、死んでもおかしくないのに、それでもこの少女はまだ自分にその刃を向けてくる、爪を立てて来る、立ち向かってくる。もう立てそうにないのに。もう戦う気力なんて無い癖に。いくらデジモンになっているからって、もうそのデジモンの力量なんて限られているのに。
なのに何故ここまでして立とうとしたがる。

分からない。こいつのしたい事が全く分からない。

起き上がろうとするヴィータモンの体を足で踏みつける。呻き声が聞こえそれでも起き上がろうと前足を動かしたり、首を起こしたりする。どうせ起き上がれない癖に。分かっていてもそれでも起き上がろうとする。
分からせてやる。もう起き上がる事が出来ないという事を――

ドンッと、嫌に鈍い音が響き、ヴィータモンの無駄な足掻きが止まる。
ベルゼブモンがヴィータモン目掛けて拳を叩きつけたのだ。一発、もう一発食らわせようと、ベルゼブモンは両の拳を握りしめてはそれをヴィータモンに浴びせる。

「“ツカイモンの為だと”?」

ドンッ
ベルゼブモンの拳がヴィータモンの顔面に振り下ろされる。

「負ける訳にはいかない?」

バキッ
ベルゼブモンの攻撃に耐え切れなくなったのか、ヴィータモンの顔を覆っている仮面が割れる。

「ふざけんなよ」

ドゴッと割れた仮面を見て、ベルゼブモンはヴィータモンの顔面へと拳を叩きつける。露わになり新たな痛みにヴィータモンは声すら出なかった。ぐぐっと抑えつけられる上からの圧に、彼女の下の地面は歪み始めた。それが意味する事は、地面もまたベルゼブモンの攻撃に耐え切れなかったという事。存分に拳を叩きつけたベルゼブモンは、ヴィータモンの顔から拳を引くなり、がつんと、彼女の顎を蹴飛ばした。

一撃一撃が、耐えられない程重く、痛く、地獄のようだ。また一撃と蹴られた。その度に反動に耐え切れず地面の上をまるで氷の上で滑っているように軽く滑っていく。容赦なく浴びせられる暴力の嵐にヴィータモンはついに少しでもダメージを補おうと丸くなる。

「ハンッまるで自分を守る為だけの術だな。まるで変わっていやしない。お前はやっぱり臆病で貧弱少女の結衣ちゃんだってこった」
『ッ―!』

どうして、いつもいつも自分はこうも上手くいかない。家族の事も、仲間達の事も、友達の事ですら、殴られながらも蹴られながらも、ヴィータモンは悔しさに歯を食いしばった。
もう前足が痙攣している。殴られた頬も感覚がなく、翼なんて使い物にならず、後ろ脚も役に立たない。このままでは、仲間の所へ帰れず、純平の言う通り死んでしまう――

『“エアロカノン”!』

一瞬の隙に、エネルギーを込めた球をベルゼブモンへとぶつけようとするも、ベルゼブモンはすぐにそれを避けては無駄な足掻きをしたヴィータモンの頭を鷲掴みにそのまま地面へ叩き付けた。
渾身の一撃すらもベルゼブモンに届かず、叩き付けられた反動で揺れる視界。頭も段々デジモンらしい思考なんて出来ず、過るのはここに来るまでの自分の走馬灯だった。
今日までの記憶が一気に頭に流れてくるその走馬灯を体験し、ようやく自分はこれから死ぬのだと察する事が出来た。

「安心しろよ。お前だけには逝かせない。ちゃーんとお前の言う仲間達もすぐにそっちに逝かせてやるからよ」

ここで、死ぬ。向けられた銃口に、添えられたベルゼブモンの指。
この闇の大陸で、再会した友達“だった”デジモンに、無惨に殺されてしまう。
セラフィモンや、ソーサリモン、ウィッチモンと同じように、意味もなく、殺されてしまう。

『あぁぁああ!!私は…ッ!』

死ぬ訳にはいかない。ぐっと、火事場の馬鹿力といった所か、脳に体を動かす事を強く命令し、筋肉の悲鳴も聞かず立ち上がる。死の恐怖が怖くない訳じゃない。もちろんそれもあるが、どうしてもまだ死ぬ事は出来なかった。自分はもう、自分に負ける訳にはいかないのだ。
だが、それも虚しくベルゼブモンは敢えて彼女の脚や体を抑えつけず、貫通して使い物にならない翼を足で思い切り踏んだ。
その反動により、ヴィータモンは漸く起き上がった顔を地面へと落としてしまう。

『ぐっ…』

ごめんね、皆…悠太。私やっぱりダメだったよ。私は皆が居ないとまともに戦えない、弱い奴だった。
友達を救う事すら出来ない、皆の背中を追いかけるだけしか出来ない、ただの足手纏いでしかなかった。
どれだけの痛みを堪える事が出来ても、今この瞬間目頭が熱くなってきては仮面の中で溜めきれなかった涙が一滴零れ落ちた。
ごめん、ごめんなさい皆。私もう皆の元に戻れないや。悠太、ごめんね、勝手なお姉ちゃんで。でも、貴方をここに連れて来なくて本当に良かったと思う。

そう思った瞬間、自分の体がデジコードに包まれていき、気付いたらヴィータモンの腕ではなく、自分の細っこい腕が投げ出されているのが見えた。ああ、進化が解けてしまったんだ、と冷静にもそんな事を理解出来た。ヴィータモンやロビスモンにも時の闘士にもなれず、本当に何も出来ない人間へと戻ってしまった。人間になっても、ヴィータモンの時の怪我を負っていない訳じゃない。生身の人間にとってデジモンの時の怪我を引き継ぐという事は自殺に近い物で、今正に結衣は意識が遠のいていた。
それでも反応すら示さなくなってきた結衣に、ベルゼブモンはつまらなさそうにし、彼女の細い腕を掴んだ。

「もう二度と無駄な足掻きが出来ないように、進化出来ないようにこの腕引き千切ってやるよ」

ぎゅっとベルゼブモンが腕を掴む手に力を入れて、もう片方の手で結衣の頭を鷲掴みにし、いざ引き抜こうとした時――

リンッ――

「“鬼火玉”!」
「ッ!」

鈴が鳴る音と、炎が確認出来た。この森を焼き尽くそうとばかりに、燃え上がり大陸が赤く光を帯びる。暗い所で目が慣れてしまったからこそ、その炎の光が眩しく感じ、ベルゼブモンは思い切り手を傘にしながら目から光をシャットダウンさせようとする。その際に腕を掴んでいた手も離してしまい、結衣を落とす。
一瞬の隙だった。

『――ッ!?』

結衣もまた反射的に目を閉じる。
眩しい程の光に目が眩み、まだちかちかとしながら瞼の裏を見ていた時、ガシッと首元が掴まれ――たと思いきや放り投げられては何やら肌触りのいい毛並みの上へと落ちた。揺さぶられ、それでもその毛並みの上から落ちまいと申し訳程度にその毛並みを掴んだ。
ゆっくりと目を開けて恐る恐るその毛並みを確認してみれば、この暗い闇の大陸に居ても輝きを失っていない、黄金の毛並みがそこにあった。

黄金の体毛。九本もある尾。首に巻かれた赤と白の縄とそこに付いた大きな二つの鈴。
勇ましい顔に似合わぬ丁寧な口調。

「――お久しぶりです。選ばれし子どものお方」
『…キュウビ、モン』

その姿を見間違える筈がない。絶対絶命の状況の結衣を救ったのは、かつて拓也達と離ればなれになった時ケルビモンの影響で操られて拓也達を襲ってきた哀れなキツネ――キュウビモンであった。

「話は後だ。目が覚めたのなら私の体をよく掴んで。今は、あの魔王から逃げるのが優先だ」
『…魔王』

そこで思い出されるのは、先程の戦いで“負け”を自分でも認めてしまった、あの酷い戦いの事。
負けてしまった。気持ちでは、口では負けていないと叫ぶ事が出来ても、負けていた。完膚なきまでに、負けをベルゼブモンに叩き付けられた。

『うっ…』

キュウビモンの首に巻かれている縄に手を掛けては声を漏らす。強く強く握り締めて、それでも悔しさは紛らわせなくて、風を身体に当てながら結衣は目から涙を流すばかりだった。






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