act.5 (5/7)



闇は見えない鎖。
決して、逃れられない鎖だ。

情が湧いてしまった。たったそれだけの事だった。
きっかけは、子竜の言葉だった。「何だか、あの子だけ壁を感じるね」その言葉に、何故だか興味が湧いた。

不器用で、分かり合いたいのに、どこか壁を作って、人に合わせているそんな少女を救ってみたかった。
進化が出来ない事を悔やみ、やがて自分を責め立てる少女を見て、それが同じく弱いままでいる自分と重なって見えて――どうしようもなく、切なくなった。いつも弱者や使い魔として見下されていた「ツカイモン」だからこそ、彼女の痛みが、苦しみがほんの少しでも理解できた。
つまり、彼は彼女を救うと同時に自分も救ったのだ。いつまでも強者に使われている自分、弱い自分、そんな自分を変えたかった。救いたかった。
だから、「ツカイモン」はあの二人を助けに行ったのだ。他に理由なんて無い。

そこからだった。
光を知り、「ありがとう」という言葉の暖かみを知り、友達という存在を知った時から、自分の世界は変わった。こんなにも世界は眩しくて、輝いていて、綺麗だった。この景色はもう二度と手放したくない。そう思えたのだ。
だからだろうか。たかが使い魔が、そう思ったのがいけなかったのか、闇は急に現れた。

その闇は、自分が今まで背負った事のない程深く、暗い闇だった。
声は言った。
自分はいつからこの闇から解放されたいと思い始めたのか。いつから独りが嫌だと、嘘吐きじゃないと、偽善者だと思い始めたのか。
声は言った。
自分は天使になれないと。誰も救えないと。誰にも必要とされていないと。
――自分は、醜い使い魔だと。

分かっていた。
この闇からは逃げられないのだ、と。使い魔である限り、闇の存在である限り、自分はこの闇からは逃げられないのだと。変わろうとしていた時から、自分は間違っていたのだと、後ろ指差されていたのだ。
子竜――ドルモンみたいに純粋な存在になれはしないのだ。
少女――結衣のように真っ直ぐに選択なんて出来はしないのだ。

どう足掻いたって、自分はウィルス種で、捻くれたデジモンで、天使になれるような存在ではない。
悪の闘士たちから解放され、自由になった身で、そう簡単に闇から抜け出せる訳が無かった。
闇の存在である自分は光を見過ぎた。
使い魔は、結局絶対的な主従存在。使い魔は使い魔らしく強い力を持った存在の下で動く方が向いていたのだ。絶対に逆らえないのだと。
自分の堕ちて行った闇はそれほどに深く、暗く、醜い物だった。
妬み、恨み、辛み、苦しみ、裏切り、憎悪、怨嗟、自棄、孤独、絶望、復讐。
全ての感情と、常に隣合わせで、それらから逃げようとした時点で、自分は自分を否定して、それは間違っているのだと――

魔王になってから、常に自分の体は血まみれだった。沢山殺してきた。沢山傷つけてきた。今まで命を奪ってきた。それが、小竜を殺した理由になるから。
デジモン達の呪詛や苦痛や憎悪が目に見えぬ鎖となり、ベルゼブモンの体を縛りつけている。
逃げられはしない。あの悪の闘士からも、ケルビモンからも、この大地の下に眠る闇からも、絶対に。

自分の手を見つめる。もう、慣れしたんだ使い魔の小さな前足ではない。魔人と呼ぶにふさわしい、人間のそれによく似た漆黒の手指。
あの頃にはもう絶対に戻れない所まで来てしまった。ここまで来てしまえば、自分の道を後戻りするのも、振り返る事も出来ない。その資格すらない。それでも、やはり未練という物はあるようで、記憶がそれを思い出さそうとする。

「ベルゼブモン」に進化して、悪の五闘士やケルビモン達に歯向かうデジモン達を始末するようになってからも、あの少女と交わした言葉の数々は未だに記憶に残っている。
純粋過ぎる言葉や感情が、目の前のデジモンを一匹消す度に脳裏を掠めて苦しめてくるのだ。まるで、今の自分を間違っていると言われているようで、とてつもなく責め立てられる。
デジモン達の呪詛なんかよりも、ずっと。

じゃあ、自分はどうしたら良いんだ。
善を見ようとすれば、闇がそれを間違いだと主張する。悪を見ようとすれば、光がそれを間違いだと主張する。
結局、どちらにも染まれない未完成で未熟な使い魔は、存在する意味なんてあるのだろうか…?

「――…」

いや、もう自分の中の答えなんて決まっている。だからこそ、今までやってきた。そちらが正しい正解の道という物だ。
闇の存在は闇の中でしか生きられない。闇からは逃げられないのだ。
この使い魔根性は抜け切れていないのだ。それでも、魔王となった今、きっと自分はあの五闘士よりも強くなれている。自分は、強い者の下で動く。強い者に歯向かう輩は命知らずの奴がする事だ。
そいつらを消せばいいだけの事。

闇はいつだって“そういう思考”にしてくる。
だからこそ、ドルモンは自分に牙を向けた。だからこそ、空間の闘士は人間の体を借りてまで好き勝手暴れた。だからこそ、ケルビモンは“あんな姿”になってしまった。
だからこそ――自分は魔王になったのだ。

「鋼の闘士。お前もまた闇に溺れ、闇の中でもがくしかねぇんだよ」

闇は孤独に生きる。
仲間なんていらない。
犠牲になる物は全て利用する。

訳の分からない頭痛は随分と前にもう、治まっている。この闇がきっと、皮肉にも自分を癒したのだろう。ベルゼブモンは、遠くで姿を変えては子ども達を追うそのデジモンに向けて、何かを悟ったように呟いた。






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