act.3 (3/6)


友だちだと思っていた。そう信じていた。何故なら再会する度にお互いのピンチを助け合ってきたし、仲良くなったって思っていたのだから。

暴風に飛ばされる中、結衣の脳裏には自分がどこに飛ばされてしまうのかという疑問ではなく、あの捻くれた使い魔が何を言ったのか理解しようと使えない頭を限界までフル回転させている事と、こちらに向かって飛んできた使い魔の目が――いや、使い魔自身が殺気を放っていたのが見えた。
あの黄金で綺麗で大きな瞳は、今では酷く黒く淀んでいるような、そんな色をしている――…

ふ、と自分達を運んできた風が止んだ。それと同時に重力が自分に襲い掛かり、誰かの上へと乗っかってしまい、更には自分の上に何かが覆いかぶさるようなそんな感覚までもがしてきた。
赤と、目の前には

「大丈夫か、結衣」
『輝二…、』

随分と距離が近くにある輝二の顔がそこにあった。心配そうな、しかし結衣に自分の体重がかからないように僅かに腕を顔の横で支えている様子が見える。結衣と輝二はまさに目と鼻の先。恐らく純粋な乙女、少女達はこの光景に赤面する場面であろうが、今の結衣にとってはとてもそれどころじゃなかった。
彼の心配そうな顔を見る度に、彼の優しそうな声を聞く度に、ツカイモンと出会った時の事を思い出してしまい徐々に目に涙が溢れ出してしまう。

「なっ、結衣…?」
『輝二…私、あの子に何て言われたんだろう…ツカイモンは、ツカイモンは…私を、何だって…?』
「…、」

輝二も覚えていない訳じゃない。先程までのやり取りを。聞いていなかった訳ではない。突然現れた使い魔が冗談とも言えないあの気でも狂ったかのような言葉を。
忘れた訳じゃない。あの使い魔の気でも狂ったかのような狂喜を――…
目の前の少女は、溢れんばかりの程に目に涙を浮かばせ、抑えられない程に震えていた。

「結衣…俺は、」
「輝二、結衣、二人とも立てるか?」
「!」

不意に、かかる第三者の声に、輝二はハッと我に返ったように顔を上げるなり起き上がる。
今、自分は彼女に何て声をかけようとしていた?何を言いかけた…?輝二がそんな事を思う中、明らかに不機嫌そうな声で自分達に声をかけてきた拓也は、まだ横たわる結衣の元へ歩み寄る。

「結衣…?」
『拓也…私…、ごめんなさい、今起き上がる…』
「結衣…」

拓也と目が合った時、彼女もまた我に返ったのか、無くしていた瞳の光を入れてゆっくりと起き上がる。そして、拓也もまた彼女の普通じゃない雰囲気に思わず口を紡ぐ。
拓也もまた、あの場であの言葉を聞いた。どう、彼女に声を掛けようか悩んでいるのだろう。それは周りの子ども達だってそうである筈。
ツカイモンと名乗った使い魔と結衣は、一見友達のように仲が良かった。しかし、それは次の瞬間にはまるでデジモンが変わったかのようにあの使い魔は彼女に向けて殺気を向けていた。

「…一体どうなってんだ?」
「…どうやら、閉じ込められたようだな」

だが、いつまでも黙っている訳ではない。拓也はあの後何が起きたのか疑問を投げつけ、それを輝二が周りを見回しつつそう応えた。
赤い岩壁を持った洞窟。前方にも後方にも続くその洞窟に、拓也は訝しげに顔を歪めた。

「マジかよ――……普通の岩と違うみたいだな」

ただの洞窟ではなさそうなその洞窟を見ては、拓也は岩壁を触るなりじっと見つめたりする。
結衣もまた、重い足取りになりながらもこの洞窟がどういう作りで出来ているのかを直接触れて見せる。
だからこそ、気付かなかったのだ。
一人の仲間が、皆から離れていき、一人で戦っているという事に。

「…あれ、純平は?」
「あっちへ行ったわよ」

少し、気付くのが遅かった。
拓也は純平が居なくなっていた事に気づき、尋ねてみれば泉は見ていたようで、その方向を指を差す。だが、そこには純平の姿どころか、長いと思われた洞窟の道が途切れていた。
代わり、と言えばいいのか、そこには大きな赤い目玉のような壁画がそこにはあった。――まるでダスクモンみたいだ、と誰もが思っただろう。

「居ないぞ…?純平ー!おーい、純平ー!」

何となく、純平の身に何かが起こっていると察する事が出来た。この何もない空間。そこでいなくなった純平。この洞窟の中は普通ではないと誰もが察する事が出来た。

「――純平って餓鬼ならここにはいねぇぜ?」
『――、』

聞えてきた、どす黒く重く、この狭い空間によく響く声。それは先程まで聞いていた声とそっくりで、しかし少し大人びて低くなった声色。その声を聞き返す暇もなく、自分の視界は酷く歪んだ。
風を切るような風圧、体中に何らかの衝撃を受けたように弾かれ、地面に叩き付けられたような衝撃、何度かその場を転がると、徐々にぶつけた体の一部が熱を帯びてはこれまでに味わった事のない激痛が襲った。
ふっ飛ばされた。
それが理解出来たのは、自分が仲間達よりも遥か遠くに飛ばされたと理解したのと同時だった。

「よォ結衣。どうした?そのひでぇ面は」
『あ、なたは…』
「ん?ああ、この姿ではハジメマシテ、ってとこだな。俺だよ俺。使い魔だったデジモン…とでも言ったらピンとくるか?」
『ッ!?』

そう、オイラだよ。
酷く、綺麗な笑みを浮かべられるものなんだ、とこの時余裕のある思考を持っていた自分に拍手を送りたかった。
先程まで怒って、笑って、切なげな表情を持った使い魔は、冷酷な笑みしか浮かべない、何者にも怯えない魔王へと進化していた。
そのデジモンは一度デジコードを身に纏うなり小さな体を持つツカイモンへとなるが、ツカイモンは酷く歪んだ笑みを浮かべるなりすぐにデジコードを纏ってから再度そのデジモンへと進化した。

「俺はベルゼブモン。ツカイモンから進化したんだよ」

まるで自分を置いて流れるようなその光景に鈍器で頭を殴られたような頭痛、そして足元が崩れていくような錯覚。あの自分より小さくて、優しかった彼が進化したのは喜ばしい事の筈なのに、その姿を見た瞬間、その雰囲気を肌で感じた瞬間、一気にただならぬ恐怖を感じた。

「結衣!!大丈夫か?!」

結衣、結衣さん!
仲間の声がまるで遠くの方で聞こえてくる。それくらい殴り飛ばされてしまったという事か、それとも何かを聞くという感覚がこの一瞬で衰えたのか。
少なくとも、今の自分は仲間の声もこの目の前に居るデジモンの声すらも、聞きたくないと、耳を塞ぎこんでしまいたくなるくらいになっていた。

刹那、自分の頭が絞められるように痛くなる。それと同時に浮かぶ自分の体。
結衣の小さな頭はベルゼブモンの大きな手により鷲掴みにされ、そのまま持ち上げられたのだ。ベルゼブモンの指の間から僅かに見える彼の瞳。
赤い瞳はまるで、何体もののデジモンを倒してきた血の色をしていて、その瞳は酷い嫉妬や憎悪が入り混じっていて、絶望のような物が渦巻いている。

――これが、今の彼…

――ツカイモンの、成れの果て…






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