act.3 (3/7)


やって来てしまった不思議な世界。自分の目の前に存在するデジモンは此方の様子を伺っている。見覚えのある白ウサギのルナモンの他に、タマゴの様なデジモン、熊の様で雪と土で出来ている様なデジモンが二体、大きな鳥の様なデジモン。そして、近くの大きなキノコの上には水煙管を吸う芋虫の様なデジモン。
自分より大きなデジモン達。次々と現れたデジモン達に、たじろぐも先程まで追いかけていた筈の白ウサギがもう逃げる事はせず、何かを持ってきては結衣へと差し出した。

「これをあげる」
『…、EAT ME…私を食べて、』
「意味は知っているでしょ?アリスだもの」

ルナモンの持つ物は恐らく一口サイズのケーキ。小さくなってしまった今の結衣からしたら大きなケーキにも見える。そして、ルナモンの言う通り結衣はもちろんこのケーキの意味を知っていた。
恐る恐る、そのケーキを口元に寄せる。一口分。ぱくりと口に含み、それ以上は食べずに様子を見る。するとどうだろう、先程小さくなっていった体は今度は徐々に成長する。
一口食べて足りない様ならもう少し食べる所だが、どうやらその必要は無さそうで、自分に合う身長になるとそこで大きくなるのは止まった。

「わぁ!やっぱりアリスだ!アリスが帰ってきた!」
「アリスだ、アリスだ」
「アリス、キミを待ってたんだ!」
『ま、待って!私はアリスなんかじゃ…!私は結衣。榎本結衣っていうの』

このデジモン達は誰と勘違いしているのか、結衣も慌ててこちらに近寄るデジモン達に訂正する。訂正された名前に、デジモン達は顔を見合わせては小首を傾げる。

「知っているよ?僕はルナモン。だけどこの世界では白ウサギを名乗ってる」
「わたくしはデジタマモン。この世界ではハンプティダンプティを名乗っている」
「「僕らはトゥイードルダムとディーのユキダルモンとツチダルモン」」
「オレはキウイモン。この世界ではドードー鳥と名乗っている」
「そして、俺はワームモン。青虫と呼ばれている」
『な、名乗っているって……この世界は、一体、』

このデジモン達にもしっかりと自分の名前はあった。にも関わらず、彼らは結衣の聞き覚えのある名前も名乗った。その名前はよく幼い頃父や母に読んで貰ったお伽噺の内容に出て来るキャラクターの名前である。
結衣は辺りを見回す。小さくなっていた時より少し変わった光景に改めて違和感を抱く。ここは、結衣や仲間たちといたデジタルワールドとはまた違う、そんな世界。

「ここは不思議の国。ワンダーランドだ」
「ワンダーランド…?」
「「ここはワンダーランド!ようこそアリス」」
「僕らはキミをずっと待っていたんだよ」
「あぁアリス。キミをずっと待っていたよ」

ワームモンを中心にこの世界の事を繰り返す様に言う。妙に聞き覚えのある単語に困惑の表情を浮かべる中、早く早く、と腕を引こうとするルナモン。ずっと互いの肩を組みながら声を合わせるユキダルモンとツチダルモンはその後ろを付いてきて、キウイモンもまた感動の再会と言わんばかりの物言い。青虫はそのままキウイモンの背中に飛び乗った。
困惑の表情を浮かべながら付いていく結衣はひらすら彼らの言う「アリス」と「ワンダーランド」を脳内で再生していく。そして、合点がいった。
ここは不思議の国のアリスの世界。どうしてこうなってしまったのかは理解出来ないが、このデジモン達はこの世界で「役割」を担っている。
しかし、初対面である結衣をいきなりアリスと呼ぶのか、そしてこのデジモン達は何故アリスを待っていたのか。それだけが分からずにいる。

「この世界で考えても無駄さ」
『!』

まるで自分の思考を読まれた様な物言い。キウイモンの背中に飛び移っていたワームモンは変わらず煙管を吸いながら此方を見ていた。どうやら先程の台詞はワームモンからだったらしい。もう一服、煙を吸い吐き出すと流し目で視線を交えた。

「常識を捨てろアリス、ここじゃそれが正常だ」
『常識を捨てろって言われても…私は一刻も早くデジタルワールドに戻らなきゃいけないの』
「おや驚いた。この世界がデジタルワールドではないと言うのかい?」
『…うん、何となくだけど』
「デジモンという生物はいるのに?」
『それでも、ここはデジタルワールドじゃない』

確信は無いけれど、女の勘という物なのか手を繋ぐルナモンの姿を見つめながらもそう言い切った。
デジタルワールドでも、ルナモンの姿を見た。それは間違いない。どうやってルナモンはこの世界とデジタルワールドを行き来しているのかは不明だが、結衣は一刻も早くデジタルワールドへと戻りたかった。その言葉を聞いていたのか、ルナモンは途端に眉を下げ大きな耳も垂らしてしまった。

「ふむ、アリスらしくはないが…らしくもある。ならこの先に進めば良い。きっとお前の目指す場所が訪れよう」

そう言うとワームモンはキウイモンの背中から他の大きな葉へと糸を吐きながら移りまた自分の体を仰け反らせる。

「帰りたくば進むのだ」

ぷかぷかと煙が撒く。それはワームモンの姿を隠す程濃く、結衣はけほっと何度か咳き込む。煙たいと手でその煙を払う。やがて煙の幕は収まっていく。葉っぱの上にはもうあのワームモンは居ない。言わずもがな不思議なデジモンである、ぼうっとまだ残る煙を見つめていれば、くいくいと自分の手が引かれるのに気付いた。
思わず視線が其方に向き、自分の手を引くルナモンがどこか不安そうな目をしていた。

「帰っちゃうの?アリス…」
「「どうして帰るの?」」
「そうだ、帽子屋の所に連れて行こう、そしたらアリスは気が変わるかもしれない!」
「そうだそうしよう、さぁさぁアリス!帽子屋へ!」
「「帽子屋に行こう!」」
『えっ、ちょ、ちょっと…!』

なんて此方の話を聞こうとしないデジモン達だろう。落ち込んでいたルナモンは一瞬の事ですぐに提案をしたルナモンの案に賛成してぐいぐいと引っ張られ、更に背後からも押されてしまう。急かす様なそんなデジモン達にやはり疑問を抱くも、恐らく此方の言葉は聞いてもらえないだろう、と半ば諦めた。

――――――…………
―――………

「…で、首を刎ねられるってどういう事だよ?」

場所は変わり、拓也達は牢屋の中でポーンチェスモンの話を聞こうとしていた。
ポーンチェスモンは辺りを見回し、先程のロゼモンの姿が無いと分かっても尚、ギリギリまで牢屋へと近づいた。

「…女王様は白がお嫌いだ」
「そう、黒は許されていても白はお嫌いだ」
「だから白のポーンチェスモンはわざわざ赤く染めている」
「女王様は赤がお好きだ。だから庭の白いバラも赤く染めている」
「しかし、塗り足りなければ女王様に侮辱したと同じ。見つけられたら首を刎ねられしまうのだ」
「だから何としてでもこの事は…!」

黒と赤のポーンチェスモンはこそこそとそう説明をしては、色の剥げている赤のポーンチェスモンに赤を塗り足す。その光景を見て、子ども達は顔を見合わせる。
どこかで聞いた事のあるような話である。ここで、泉が一歩前に出て赤のポーンチェスモンへと指を差した。

「そこよ。色の剥げているのは」
「え!?ああ、何とお優しい。ありがとう人間の子どもよ」
「Prego、どういたしまして。」
「しかし、このままではいかんぞ。もうじき此方に“アリス”が来る」
「そうだ。“アリス”が来る。」
「“アリス”?」

塗りながら話をするポーンチェスモン。そこでまた、聞き覚えのある名前に泉は復唱する。子ども達もまた顔を見合わせて小首を傾げた。
剥げている場所を塗り終えると今度は交わすのに専念した赤のポーンチェスモン。黒のポーンチェスモンは子ども達の様子に気付き、こくりと頷いた。

「アリスが久々に戻って来てくれるのだ」
「ずっとアリスを待っていたのだ」
「ああしかし、アリスが来てしまう」
「…一応聞くが、何故戻ってくるのが問題なんだ?」
「問題も問題!彼女は女王様の大切になされているペットを倒しに来られるのだ!」
「ぺ、ペット?」
「そう!だから何としてでも“役割”として、阻止しなければならない!」

困った、本当に困った。と赤と黒のポーンチェスモンは腕を組んで悩まし気に呟く。
妙に話が噛みあわない気がする。
トランプ平と呼ばれるポーンチェスモン、ハートの女王と呼ばれるロゼモン、アリスという少女、そして彼らの言う“役割”。輝二は考えをまとめた後、改めて彼らに視線を合わせた。

「一体、この世界はどうなっている。お前たちは一体何者だ」
「「?」」
「輝二?何者ってこの子たちデジモンじゃないの?」
「デジモンである事には間違いないだろうな。なら何故回りくどい呼び方をしている?」
「確かに、トランプ兵っていう割にはトランプ要素無いし、ハートの女王にアリス…」
「僕読んだ事あるよ、確か不思議の国のアリスってお話…」

子ども達もまた、この世界の違和感に気付いた。しかしこれで子ども達の抱いていた疑問も薄まりつつある。
そして、この場に居ないもう一人の仲間である結衣の存在。思えば彼女が先にあの暗闇に包まれ消えて行った。その後に輝二達子ども達が包まれ今に至る。結衣に直接関係あるかは分からないが、その「アリス」と無関係とは考えられなかった。

「役割とはなんだ。先程の言いぶりだとお前たちはそのアリスを待ち遠しかった筈だ。しかしそれはお前たちからしたら良い事でもなさそうだ。」
「「……」」

二人のポーンチェスモンは顔を見合わせる。何かを話し合う訳ではなく、鎧兜の中で恐らく視線が合っているであろう彼らは何やら意思を疎通している様に見えた。
こくりと頷き合う。どうやら、何かしら説明をしてくれるのだろう。子ども達は僅かに身構えた。

「お前たちは異質だ」
「異質のお前たちに説明する余地もないが」
「先程の事を黙ってくれるのなら話してやろう」

子ども達の返答は言わずもがな、満場一致した。






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