例えばの話だが俺は女でも子供でもねーから、お伽草子の世界に飛び込むための魔法の道具、なんてのがこの世に実際に存在したとしても毛ほども興味はねえ。この広い世界のどこにでも一瞬で向かえるような扉なんてなくたって、歩いて旅してりゃそのうち何処にだって行ける。海を越えるための船を作る術も心得ている。空を飛ぶために必要なものも、いつだったかアイツが教えてくれた。この腕と足さえあれば、俺は何にも屈することなく、己を貫くことが出来るだろう。ただ、時空を越えて過去や未来を目にすることが出来るカラクリってのには多少心惹かれるものがあるかもしれない。(それも自分のことに関してはどうでもいいが。)俺が今までに治療したことのある奴等のこれから、そして俺が救えなかった奴の今までを修正することが出来る。もしも、そんなことが叶うのなら―――なんて。バカみたいな夢物語だとわかっていても、こればかりは思わずにはいられない。
そう何気なくぼやいたら、案の定空は声をあげて笑って「こいつ何かに憑りつかれとるで!お祓いせな!」とぽちを抱えあげてあっちにふらふらこっちにふらふら、挙げ句には話に全く関与していなかった弐猫や岩清をも巻き込んで騒ぎだしたのだからたまったものじゃない。「空!お前は人の気持ちも考えずに……」と注意しようと口を開けば、「やかましいわ薬馬のくせに!甘ったれんなやボケが!」と間髪入れずに飛び蹴りが脳天に直撃する。一瞬遠退いた意識を呼び戻して見上げれば、俺を見下してにやりと口許の笑みを深める空がそこにはいて。



「お前は誰や?」



そう言ってのけた、空という男はどうも喰えないやつで、それ以上は何も言うことなくニヤニヤと俺の頭を踏みつける。痛い。今すぐ押し退けてやりたいが、空の問いかけで我に返った手前抵抗できずに、結局ぽちが「おいたはイヤですよー。」と空を止めるまで、俺はそのまま伏せていた。
馬鹿だったな、俺も。



「俺は、薬馬小四郎だ」



例えばの話だが俺は女でも子供でもねーから、お伽草子の世界に飛び込むための魔法の道具なんていらねえ。仮に、もし仮に過去や未来に行くためのカラクリがあったとしても。
俺は薬馬小四郎で、医者で、ただの人間だ。
神じゃない。誰かの運命なんて決めれない。そもそも抗うことも許されないだろう。カラクリの力を借りたところで、俺は俺で、できることなんて限られている。
だから俺は今、医者をしているんだ。
当たり前のことを忘れていた。



「……空」

「なんや」

「時々尊敬するよ、お前のこと」

「ぜんっぜん、嬉しくもおもろくもないわ」

「はいはい」



必要最低限の言葉で、自分というものを思い出させてくれる。空の言それこそが魔法みたいだ、と思った。それはもう、真実よりも優しくて嘘よりも儚い、一瞬の。



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