「おーい薬馬ぁーちんたらせんと、はよこいやー」
「無茶言うな!!」
とある宿場町。いつものようにぽちと自由気ままに店の中を覗きつつ町を散策する空。普段なら閨や岩清も一緒だが、今日は女子だけで新しい着物を見繕いに行っているらしい。弍猫は弍猫で好き勝手どこか行ってしまうし、蝶左は烏頭目のおもりだ。
つまり、今ここには空と俺とぽちしかいない。
が、そうなると必然的に重い荷を全て背負わされるのは俺なわけで。慣れているといえばそうなのだが、やはり不満は募るもの。
「少しくらい手伝ってくれてもいいんじゃないのか……!」
「はぁ〜?なんでワシがおどれのために動かなあかんねん」
「そこまで言う!?」
「空さーん。おかーさまがかわいそーですよー」
「ああ、ええねんええねん。小姑は頼りになるやつやからのぉー、ぽち」
「棒読みで言われても嬉しくねえ!!……はぁ」
思わずついたため息が、自分でも驚くほどに重々しかった。行き交う人々とぶつからないように気を払いながら、これだけの重量の荷物を運ぶというのはなかなかに至難だ。まったく空のやつ……とぶつぶつ文句を言って苛々をなんとか抑える。
「あいでっ」
「っ、うわっ!!」
と、気を散らしたのが災いしたらしい。後ろから走ってきた童子に気づかず、まさかの激突。子供のぶつかってきた勢いをそのまま受け、俺も前のめりに倒れかける。反射的に踏みとどまろうと足を出すが、傾いた荷物のせいでそれも叶わず、その結果。
「どわあっ!?」
つまるところ、町の往来で派手に横転した。両手で荷を庇おうとしたのもまずかったらしい。荷物は最低限のダメージで済んだが、スッ転んだ瞬間に俺は全身、加えて頭部を地面に打ち付けてしまった。
「っつ……」
「あー、何しとんねん薬馬のド阿呆」
「すごいおとがしましたー」
「もっと他に……言うこと、ねーのかよ……」
血は出ていないみたいだが、強打した痛みでうまく頭が回らず意識も朦朧としている。周りで町人たちがひそひそと小声で笑っているのが聞こえた。今日は本当に厄日だ、と立ち上がろうとするものの、うまく力が入らない。
「……しょうがないのぉ」
「へ」
うつほ、と言う前にぽちと少し前を歩いていたはずの空が、倒れた俺の腕を掴み上げた。そのまま引っ張りあげられて、肩からずるりと荷が落ちて。
「うおぉっ!?」
「騒ぐなや。声でかいねん」
「いやいや!これはだって空、ちょっ……っつ……」
「ほれみぃ、これ以上頭に血のぼるとホンマに動けんようなるで」
気づいたら、俺の体はいとも容易く空に抱えられていた。背丈のそう変わらない俺をこうも簡単に抱き上げられる空の腕力もすごいが、公衆の面前でよくも堂々と男にこんなことができたものだ。
「おいそこの、暇そうなツラしとんなぁ。こいつがしょっとった荷物持って『――』って宿屋まで運びぃ。盗みおったらどうなるかわかっとんな?」と、空に荷運びを無理強いされた哀れな男に申し訳なさを感じつつも、今は「こら、空……」とたしなめる程度の余力しか残っていない。
「ブザマやのぉ」
「っく……うる、せ……」
「ド阿呆が。ホンマにブザマやわ、ワシなら耐えられんわ。明日はとことん付き合わせるから覚悟しとき」
今日の三倍持たせてやるわ、とけらけら笑った空の、俺を抱える腕が力強く感じたのは、きっと気のせいだ。気のせいに違いない。
いつの間にか一緒にいるのが当たり前で、理不尽な暴力はほどほどにしてもらいたいが、それでも甘やかしてしまうのは空が俺にとって大切な仲間だからだと思っていた。正しくは思い込んでいたのだけれど。
「っ…明日も、お前と二人かよ……っ」
「ぽち入れたら三人や」
「そうですねー」
「はは…そうだったな、」
時々変に優しいから。散々人を突き放しておいて、からかっておいて、当然のように俺をそばにおこうとするから。
空は本当にタチが悪い。そして俺はそうと知りつつ、きっと明日もこいつのわがままを受け入れてしまうんだろう。そう、空の肩に頭を乗せてひっそりと思った。