渦巻くばかりの熱が下肢から体全体へと広がり、波のように断続的に、それでいて絶え間なく与えられる刺激が心地好くも物足りないように感じるのは、それもこれも全て空のせいだ。

人生設計という言葉がある。文字通り自分の人生を一度客観的に設計してみるという試みだ。本格的にあれこれ細かく考えたことはないが、大雑把に俺はこのような道を歩むのだろうと考えたことはある。俺は医者として生き、医者として死ぬ。子を成すこともなく、誰にも迷惑かけず看取られず逝こう。そう決めていた。
それがどうだ。少なからずは思い通りにいっているかもしれないが、あの日の俺にはこんなことがあるだなんて予想の範疇を超えている。何故なら、この交じあいに遺伝子交雑は望まれない。俺は子を成せない。この事実は曲げようがなく、しかしそれを不条理だと嘆く日が来ようとは思わなかったのだから人生とは粋だ。同時に残酷だと嘲笑を漏らさざるを得なかった。


なあ空、それでもお前が俺に触れたいと思ってくれている間くらいは―――


医者である自分がこの非生産的な関係を断ち切れないのも、すでに道理から外れた答えがそこにあるからだ。嘯くばかりの唇を、それでも己のそれと重ねたいと欲した、いつかの俺を浅はかだと笑うか。
それも酔狂かもしれない。声が枯れるほど笑い飛ばしてくれても良かった。そんな俺を、空はきっと何事もなかったようにその腕に抱くのだろう。確信だ。

俺の人生を大幅に狂わせた男は、今日も俺の目を真っ直ぐに射ぬいて、捉えて、かき混ぜる。生まれもった瞳の色からか、空はよく俺の目を海に例えた。水面際の太陽光が反射する、朝日を受ける大海原によく似ていると、機嫌がいい日はそう目尻に指を這わせて。思えばあいつはいつだってそう、恥ずかしいやつだ。
だが奴の言葉を借りるなら、あいつの瞳は地球そのものなのだろう。海を抱く大地も空気も雲も果てない蒼全てを包み込んで、どこまでも、いのちを愛してくれる。俺は奴の一部かもしれない。それは切ない夢物語で、けれどそれでいて限りなく優しい唄のようでもあった。



「うぁ、っ」

「声抑えんなや」

「むり、いう、な」

「二度も言わす気か?」

「ん……っ」



嗚呼、いのちを感じる。俺を蹂躙するその体駆から迸る生命エネルギーと、ほんの少しの優越感。今俺は空に支配され、同じように支配しているのだという感覚がありありと脳を揺さぶり、それがたまらない幸福感へと転換される。



「く、ぁ、うつほ……っ」



俺の足を抱えあげ、ぐぐ…と深くまで自身を埋めた奴の、近づいた唇が恋しくて名前を呼んだ。何度も。体を繋げるこの行為は初めてではないが、満たされる反面孤独が浮き彫りになる気がして、何かしら繋ぎ止めておかなければと本能的に感じ取ったのかもしれない。腕を伸ばす。その先には空。奴はにやりと口で弧を描いて俺を掻き抱くばかりだが、それでよかった。腕を回した首の後ろは思ったよりずっと熱が篭っていた。



「は、ぁ……あ、」

「ええなぁその声、普段はからっきしやが今はそれなりに色気あるわ。そそるで」

「っよけいな、せわだ……」

「そのわりによう締まるのぉ。ワシの声に感じとんのか、薬馬」

「だったら、わるいか…っ、畜生……!」

「悪くはないけどたまげたわ。案外可愛いとこもあるねんな」

「ふ、……っ」



不意にくちづけられて互いの唾液を無意味に渡し合って、重力に従って落ちてくる飲みきれなかった唾液が口の端を伝う。舌を貪るように絡めて、ああなんて野生じみた交尾。下品極まりない。どうして俺はこんな奴とこんなことを、―――そしてどうして、こんなにも泣きそうなくらいしあわせなんだろう。

どうか、今だけはと願う。俺たちは結ばれてはならない関係だ。俺の腰を抱き寄せて穿つこの男を、俺は赦してはいけない。自分に無頓着なままでも生きていけた、いつかの俺を殺したこの男に惹かれてはいけない。けれど、許されるのなら、そう思ってしまうのも人の性だ。
いつだって俺の頭蓋に指を突きつけているのは空で、逆もまた然り。俺は空の喉笛に手を添えながら、奴が声帯を震わせてどんな言葉を紡ぐのか観察する。滑稽な話だ。それでもいい、どこぞの安い喜劇と比べられようがこれが俺たちの在り方ということで。



「ん…うつ、ほ…っ!」

「……薬馬、―――」



果てる瞬間に掠れた声で空が何かを囁いた。ひどく小さな声で、それは吐息と混じって空気に溶けて消えてしまったが、俺にはそれだけで充分だった。まったく、食えない男だ。あっさり人の心を盗んでいって、返してもらえるのはいつになるのやら。



「はぁ……うつほ、」

「…痛いとこあらへんか」

「あ、ああ」

「……ほな風呂行くか。そのままじゃ寝れんやろ。掻き出さんと腹痛めるで。面倒なやっちゃなホンマ」

「何だその口ぶり、中に出したのはおま……いや、なんでもない」

「お。言うてみ言うてみ。中に何やて?ん?」

「なんでもない!」




ああ、そして俺はそんなこいつを心底愛しているのだと思う。


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