君に会う前に死にたかった。本当にそう思う。 『警察官になれますように』と願った君に対して劣等感で死にそうになったし、なんなら今すぐに目の前で首を吊って死んでやろうかと思った。さすがにそこにいた君以外の人たちにいい迷惑だから止めておいたけれど。そう、いうこと。やっぱり君に会う前に死んでおけばよかった。 最初に会った時にこんなふうになるとは思わなかった。いつからだろう、と考える。君に対してこんな劣等感を抱いてしまったのは。その劣等感の中に、生きていることに対する罪悪感が滲んでしまったのは。 優等生に固執している君を見ているとひどく不安になる。きっと、君が優等生になろうとしている理由が君自身だったのならば、ここまで不安にはならなかっただろう。優等生になりたい理由に、親を安心させたい、二度と泣かせたくない、と自分以外のものをあげたから、こんなに不安に思うのかもしれない。どうして、と思う。どうして親のために優等生になろうとしているのだろう、と。君の人生は君だけのものなのだから、君の好きに生きればいいのに。親のために優等生になって、それから先はどうするつもりなのだろう。君の思う優等生になって、それからは? 君が優等生に、警察官になる前に親が死んだらどうするつもりなの? なんて、聞けるわけがない。 結局のところ、この劣等感や罪悪感は他でもない自分自身が優等生になれなかったから、というところからきているのかもしれない。我ながら、君からすれば本当にいい迷惑だと思う。君は君の目標にただ真摯なだけなのに、そこに劣等感や罪悪感を抱いてしまうのはやっぱり何か違う気がする。君は、きっと一生知らないままでいてほしい。君に対してこんな感情を抱いてしまった人間を、どうか忘れてほしい。忘れて、そうして君の思う人生を生きてほしい。 「……いや重すぎか?」 からん、と万年筆を転がして、ただひたすらに彼に対する感情を書きなぐった紙を見る。彼、デュースに対して思うことがありすぎるし重すぎる。自覚はありますとも、えぇ、はい。でも、仕方ない、と思ってしまう。彼が最初に親や優等生の話をした時に覚えたあの劣等感は二度と抱きたくなかったけれど、ことあるごとに親や優等生の話をするからその度に劣等感と罪悪感に死にたくなっている人間だ。もう二度と親と優等生の話をしないでほしい。そんなことはこっちの勝手な都合。デュースはデュースのしたいようにすればいい。勝手に死にたくなっているやつのことなんて知らなくていい。 ろくでもない感情を書きなぐった紙を破く。文字なんて見えないくらいに破ければよかったけれど、手で破ける限度はある。シュレッダー欲しいな。やっぱり破くより燃やす方がいい気もする。 こういうことは別に初めてではなかった。今までも何度かやらかしている。どうしようもなく腹の中に渦巻いた感情を文字にしてその紙を破く。そうすれば少しの間だけその感情を忘れることができる。まぁ、そういう話をされる度に感情を思い出しては自己嫌悪に塗れるから、あまり意味はないのかもしれない。この行為に意味なんて最初からなかったのかもしれないな。 「…………」 びり、破く音がやけに大きく響いた。 「監督生?」 結局、あのろくでもない紙を燃やそうと外に出たところで彼と鉢合わせした。己の運のなさに泣きそうになる。いや泣きませんけど。 「どこか行くのか?」 「あー……まあ、そんなとこ。デュースは? なんか約束でもしてたっけ」 記憶が正しければ特に何もしていないはず。デュースは瞬きをして首を横に振った。 「いや、借りてたノートを返そうと思ってただけだ」 「別に明日でもよかったのに」 渡されたノートを受け取りながらデュースを見る。彼は小さく笑っていた。その顔をはっ倒したい、と思ってしまった自分に吐き気がする。 「忘れたら嫌だから」 「そう。わざわざありがとう」 律儀だね、と言うのは何か違う気がしてお礼を言う。 やっぱり、君に対する感情は全て間違っている。もっと別の感情を持っていたかった。例えば、幸福、とか。でもそんな感情を君に抱いたら、抱いてしまったら、それはもう別の誰かになってしまうのだろう。劣等感も罪悪感も、全て自分のもの。自己責任の感情だ。 「お礼を言うのはこっちだ。ノート、わかりやすくて助かった」 「居眠りしなければデュースさんも授業中にまとめられるのではないですか?」 「そ、れはそう、だな……」 うぐ、と言葉に詰まる。素直な人間だな、とぼんやりと思う。そういうところがデュースらしい。決して嫌いにはなれないんだよな。こちらが勝手に重すぎる感情を抱いているだけで。 「……まぁ、デュースなら大丈夫でしょ」 「え」 「居眠りしないように頑張ってるみたいだし」 驚いたように目を丸くして、それから少し照れたように笑う。オルトに『お母さん想いだなぁ』と言われていたあの時みたいに。 「あぁ、これからもちゃんと頑張るぞ」 眩しい、ひと。目を焼かれるとはこのことだ。いっそ君に殺されたい。このまま、息の根を止めてほしい。なんて、言える度胸はない。そもそもこの感情に君を巻き込む意味がない。これは全部、自己責任で、自己都合なのだから。 「そう」 やっぱり、君に会う前に、死にたかった。 |