「おはよう、いい夢は見れた?」

 ルームメイトの声じゃない声で目が覚めた。
 ぼやけた視界に映るのは見慣れてしまったハーツラビュルの天井じゃなくて、隅には蜘蛛の巣が張ってあるようなボロいそれ。声の主で、この寮に住んでいる唯一の生きた人間がオレのことを見下ろして首を傾げていた。
「まだ眠い?」
「いまなんじ……」
「5時半過ぎ」
「まだ寝れるじゃん……」
「朝ごはんには起こせって言ったのそっち」
「はあ……? お前よくこんな朝早くから動けんね……」
「そう? まぁグリムはまだ寝てるし、眠いなら寝てていいよ」
 もう一回くらいなら起こすし、という声を聞きながらオレは二度寝を決め込んだ。

「エース、そろそろ起きないと」
 ふ、と目を覚ます。声をかけられる前からなんとなく意識はあった。さっきよりはまだ目覚めがいい、気がする。多分いつも起きる時間と同じくらい。朝日でボロい天井がよく見える。
 のろのろと起き上がればそいつはすでに制服に着替えていた。
「朝強いの。お前」
「人並み程度だと思ってた」
「ふぅん」
 まぁ、人それぞれ違うし気にしたって仕方ないけど。ていうかそもそも基準がわからない。朝は眠いもの、という認識がオレにはあった。
「キッチン、朝ごはんあるから」
「ん、あんがと」
 欠伸をしながらでもなにも言わなかった。そのまま部屋を出ていったから特に気にしてないんだろう。
 準備をしてからキッチンに行くとパンとツナの入った卵焼きが置いてあった。
「ツナ缶ねぇ……」
 一番消費してるのはあいつじゃなくて多分グリムなんだろうな。きしきしと後ろから足音が聞こえてきて、振り返るとまだ眠そうにしているグリムを抱えた監督生がいた。
「あ、」
「なに?」
「や、道具持ってきてたんだなって」
「は? ……いつも持ってきてんじゃん?」
「たまに忘れてる」
「たまにね、たまに」
 何の話だと思ったけれど、メイクの話をしていることに気づけば簡単だった。確かにたまに、たまーに! 忘れることはあるけども。監督生は小さく笑って「そうだね」とだけ返してきた。

「そういやお前あれなに?」
「どれ?」
 朝ごはんを食べながら、なんとなく気になっていたことを尋ねる。監督生は首を傾げていた。ついでにグリムも不思議そうにオレたちを見ていた。
「最初にオレを起こしたときの」
「いい夢は見れた?」
「それ。なに?」
「なに、って言葉通りの意味だけど」
「そ……れはそう、なんだろうけど、なんでそんなの訊くの」
「え、ごめん、特に意味はなかった。嫌だった?」
「別に嫌とかそういうわけじゃなくて、純粋になんで訊くんだって思っただけ」
「そっか」
 少しだけ息を吐いたのがわかる。別に責めてたつもりはないんだけど。食べかけのパンを皿に置いて、監督生がそっと窓の外を見た。
「悪い夢、は、見たくないでしょ」
 悪い、夢。例えば? と聞く前に「それに、」とこっちを見て続けた。
「ハーツラビュルより寝心地悪そうだし」
「自分で言う? まぁ、……あー、否定はできないけどさー」
 寝返りをうつたびに軋むベットと綿がそんなに入ってない枕。洗濯はしてるみたいだしそのへんはちゃんとしてたけど、やっぱり普段の寮とは違う。監督生はオレの反応に苦笑いをしていた。
「ソファよりはまだいけると思ったんだけど」
「まあね、ソファよりはマシ」
「そっか」
 食べかけだったパンを口に運ぶ。グリムは退屈そうに欠伸をしていた。平和。ありきたり。普段と変わりはない。きっと明日もこんな感じ、だと思ってる。こいつがどう思ってるのかは知らない。知らなくてもオレには関係ない。そう、たとえこいつが悪い夢とやらを見ていたとしても、オレには関係ないことだ。
「……監督生さあ」
「ん」
「ちゃんと寝てんの?」
「寝てるよ」
「どのくらい?」
「えぇ……あんまり気にしたことない……」
「ふぅん」
「なんで?」
「……べっつにー。起こされるの早かったなーなんて思ってないから」
「思ってるでしょ……」
 思ってなくはない。結果的には二度寝できたしそこまで気にしてないけど、早いなとは思った。それだけ。
「それで昼間起きてられるならいいんじゃないの」
 ぱち、と瞬きをした。監督生はいつもみたいに少しだけ困ったふうに笑う。笑って誤魔化すの好きね、お前。誤魔化しきれてないことのほうが多いってことは自覚してそうだけど。
「そうだね」