珊瑚の海に行ったとき、こうも簡単に水中で息ができるのかと感心した。魔法薬はとてつもなく不味かったけど、それにさえ目をつぶれば簡単なことだった。
「肺呼吸ってめんどくないの?」
「えっと、すみません。生まれてこのかた肺呼吸以外をしたことがなかったので、面倒とかそういう感覚はないですね」
「あー、」
 フロイド先輩は「そっかぁ」と一人で納得していた。しばらくして「じゃあさあ」と問いかける。
「海に行ったときの感覚、どうだった?」
 今のように空気がなく、水しかなかったあの空間。きらきらと光が反射していたのは多分上だけで、下へ行くと真っ暗だったのだろう。そこまで行くことはなかったけれど、きっと先輩たちは知っている。深海に光が届かないこと。水がどれほど冷たいのかということ。
「……不思議だなぁって感じでした」
「それだけ?」
「えぇと……。その、元いた世界に水葬っていう弔いの方法があるんですけど」
「すいそう」
「水に葬るで水葬です」
「へぇ。それがどうかした?」
「色々あるとは思うんですけど、聞いたことあるのが遺体を船に乗せて海や川に流すっていうやつで」
「はあ? 邪魔なんだけど」
「あ、やっぱりそういう感覚ですか?」
「家の近くから知らねえ死体が出てくんのとおんなじ感覚」
「うわ普通にやだな……」
「でしょ? まぁ食われるとは思うけどー」
 海中は思った以上に危険生物が多い。当たり前だ。弱肉強食。想像できないあたり、そういうものに無関係だったんだなと改めて思う。
「で、そのはた迷惑な弔いがなに?」
「なに、というか、その、そういう弔いはここではどうなってるんだろう、と思って」
「その水葬っていうのはさあ」
「はい」
「なにが目的なの? 食われること? そのまま腐るまで放置されること?」
「個人的な考えにはなりますけど、自然に還すことが目的だと思うので、食べられるのも放置もある意味では正しいのかなって思います」
「やっぱはた迷惑」
 水死体はどんなに重りをつけても浮き上がってくる。だから、できることなら水の中では死にたくなかった。どうせ死ぬのならきれいさっぱりなくなった方がいい。
 けれど、と思う。確かに水中の生き物の意見を聞いたことがなかった。人魚である先輩は水中で人間の死体を見たことがあるのだろうか。沈没船とかのやつならありそう。勝手なイメージ。水葬をはた迷惑、と言いきった先輩になんて返すべきかわからなくなった。
「それを小エビちゃんはしてほしいの?」
 左右で色の違う瞳が、真っ直ぐにこちらを見ていた。
 水葬をしてほしいか、そうじゃないのか。水の中で死ぬのは嫌だけど、そういう弔いをしようとしている死体はきちんと処理をしているはずだ。不法投棄という犯罪もあるわけだし。
「そう、ですね。正直、わからないです」
「ふーん。なんで?」
「一応、元いた世界では一部を除いて水葬って禁止されてて、自分がそういう弔い方をされることに対してあまり考えたことがなかったなって」
「じゃあさあ、もし小エビちゃんがそのはた迷惑な弔いをされたら、オレが一番に見つけてあげるね」
「は……え、と、ありがとうございます……?」
「なにその反応」
「なんでわざわざそんなことをしてくれるんだろうって思って……」
「そのまま浮いてたってしょうがないじゃん」
「そ、う、ですね」
「だから、オレが見つけてあげる」
 フロイド先輩に見つかったら静かに眠ることは難しそうだな、とぼんやりと思う。それでも結局はありがとうございます以外の言葉が浮かんでこないあたり、それもいいのかもしれないな。