死にたくないなという口で、死にたいなという言葉を口にすることは、実はない。だってそんな簡単に死ねる立場にあるわけじゃないし。ただのレジスタンスならよかったのにな。そうしたらもっと、簡単に死ねたかもしれない。
 別に、死にたいわけじゃない。でも、死なれることに慣れたいわけじゃない。土の匂いも、火薬の匂いも、血の匂いも。慣れたかったわけじゃない。それでも、彼らはその匂いを纏って帰ってくる。自分の、その足で立って。

「おい、マスター」
「はい」
「これはなんだ」
「ちょっと疲れた図です」

 衛生室には俺と君の一人と一挺のみ。君のことを数えるときに、未だに一人といえばいいのか一挺といえばいいのか分からない。どちらでも君は反応を返してくれそうなのが悪いな。無機物意識はここにいる連中の中では高い方なのに。
 ベッドで寝転がっている俺に、彼は深い息を吐いて黙った。沈黙が部屋を包み込んでいたけれども、気にはならない。元々あんまり喋らないやつだし。俺もそんな元気はない。
「あまり力を使うなと」
「あー違う。使ってない」
 面倒なことが始まりそうな予感を察知して、傷跡のある方の手をひらひらと上げる。包帯は巻かれているが傷は開いていない。スナイダーはそれを見てぱちりと瞬きを一つする。
「それなら、」
「だからただ単にちょっと疲れただけだって。寝てたらどうにかなるでしょ、多分」
「…………」
 眉を顰める姿が怖い。顔のいいやつの不機嫌な顔って引くほど怖いじゃん、ねえ。本人に自覚がないのが悪い。別に怒ってる訳では無い、と思いたい。
 さらさらとカーテンの揺れる音がする。外からは誰かの話し声も聞こえる。誰だろう。誰でもいいけど。

「なあ、スナイダー」

 す、と視線が向けられる。俺はそちらの方を見ることはできなかった。天井を見上げたまま、あるいはどこも見ることのないまま。何も言わない彼に言葉をかけた。
「人間って、簡単に死んじゃうんだな」
 知らなかった話じゃない。むしろ嫌というほど知っていた。君たちがその引き金を引いてしまえば、簡単なことだ。
 冷たかったシーツが少しずつぬるくなっていく。俺の体温。生きている証拠。少しだけ吐き気がした。
「俺も、そのうち死ぬんだろうな」
「当分は生きるだろう?」
「そりゃあ、まあ。とりあえずお前らがいるうちは死なないんじゃないの」
 死なせないの間違いじゃないの、マスター、メディック。なんっも笑えねえな。死にたい俺が生きて、生きたい誰かは死んでいく。世の中はこんなにも理不尽だ。
「おまえが死んだら、誰が俺の治療をするんだ」
 戦場で傷つくたびに、メディックだろう、と言う彼は俺に対して人間性は求めていないと思う。俺がどんな人間であったとしても別に構わない。彼にとって重要なのは、自分が壊れないことだ。
「……そりゃそうだ」
 手に巻かれている包帯に血は滲んでいない。人間の治療にこれは効かない。真っ赤に染まったそれを、引き受ける真似なんてできやしない。
 どことなく不満そうな顔を隠しもしない彼がいっそ清々しく思った。俺が死にたいと言ったところで、死なせてはくれないんだろ。知ってるよ、そんなこと。