「なんでこんなのあんの」
「さあ……」

 素知らぬ態度をとってるけどもしかしたらこれがおまえの口に入る可能性だってあったんだぞ、と言いかけて大抵のものは何も言わずに食べるタイプだったことを思い出す。俺の手にあるのは砕かれた未開封の煎餅だ。訳あり商品とかのやつではなく、完全に粉々に砕かれているやつ。たぶん、買ったはいいけど帰ってくる途中で落としたりなんかしたのかもしれない。煎餅が粉々に砕けるほどのなんかってなんだよ、というか、こういうの食べそうなのは日本出身しかいなさそう。
「偏見じゃないの」
「じゃあカトラリーは食べるの?」
「…………」
  む、と一瞬だけ考える素振りを見せた。けれどすぐに首を横に振った。
「あ、でも揚げ物とかで使うのはあるかも」
「衣に使うの?」
「うん」
「へえ、いろいろあるんだなあ」
「……マスターが知らないだけだと思うけど。そこのソース取って」
「痛いとこをつくな。これ?」
「そう、ありがとう」
 素直にお礼を言われてしまった。なるほどこれが飴の力というやつか。言ったら確実に冷めた目をされるだろうから言わないけど。


 カトラリーと夜食を作るのはこれが最初ではない。始まりは、俺が深夜にもそもそと余り物でいももちを作っていた場面をカトラリーに見られたところからである。
「……なにやってんの?」
「や、夜食……?」
「夕飯は」
「…………」
「…………」
「……いや……あの……ちょっと……時間が……なくてですね……」
「別に怒ってるわけじゃないけど」
 俺の雑に作ったいももちを見て、ふうんと息を吐いた。
「あ、カトラリーも食べる?」
「え」
「そして黙っていてほしい」
「どう考えてもそっちが本命でしょ」
「はい」
 悪びれもしなかった俺の態度に、彼は呆れたように肩を落として、仕方ないなと言いながら棚から箸を取り出した。
「でも、夕飯はちゃんと食べたほうがいいよ」
「はーい」
 そうして俺たちはこの一夜から共犯者になった。基本的に勝手に食材を使ってもいいと言われてはいるのでまずいわけではない。けれども限られた中の物資ではある。限度を考えなくては誰であろうと怒られるのは目に見えている。タバティエールとか恭遠さんあたりに。個人的には目の前で俺と一緒にいももちを口に運んでいる彼も怒る立場にいるのではなかろうか、と思う。
「お腹が空くのは仕方ないことだと思うけど」
「なるほど」


 あの日から、俺は気が向いたときにカトラリーを呼んで夜食を作って食べることが多くなった。最初は時間が時間だし断るかと思ったけれど、なんやかんや彼は付き合ってくれた。夕飯を食べたり食べなかったりしたのは時間がないのが悪い。
「1日が24時間とか厳しくない?」
「時間管理がんばって」
「回復が間に合わなーい」
「それは……まあ、うん……」
 なんてことはない会話が続く。きっと、彼がここに来た当初は考えられなかっただろう。そもそもあの夜に彼がいももちを食べてくれたこと自体が奇跡に近い。
 最近はカトラリーが料理を作ることもあった。俺のレパートリーは所詮いももちと余り物をぶち込んだ雑炊くらいだ。
「マスター、今まで料理とかどうしてたの」
「えー、えっとですね、料理当番というものがございまして」
「ああ、わかった。適当にサボってたんでしょ」
「なんでわかったの」
「え、本当にサボってたの?」
「3ヶ月に1回くらいの頻度で」
「微妙……」
「やりすぎたら怒られるからなあ。常習犯だったけど」
「そう」
 カトラリーは気にせず料理を作っていく。その手から作られていくさまを見るのはまるで魔法のようだと思う。料理を作れるやつは等しく魔法でも使ってるんじゃないか。俺は何も作れやしない。
「……マスター」
「うん?」
「その、最初に作ってたやつ、あったでしょ」
「ああ、いももち?」
「……あれって、どう作ってるの」
「え、」
 思わずカトラリーの顔を見た。彼は気まずそうに俺から視線を逸らす。
「……なに」
「いや……なんていうか、びっくりした」
「…………」
「あー、えっと、なに、別に変な意味じゃなくって、カトラリーに興味を持たれてるとは思わなくてだな」
「なに、それ」
 ふ、と息を吐くように小さく笑った。ああ、おまえはそんな顔もできたんだな、よかった。