初めて見た人は俺よりも小さくて、すらりとしていて、本当にこの人がマスターなのだろうか、と思ったことを覚えている。頼りなく見えたのだと思う。だから、あなたを守ります、なんてことを言ったのだけれど。 貴銃士は人間よりも丈夫にできている。大抵の怪我ならマスターに治してもらえるし、そんな簡単に死なない。心は、また別の話。 この身体を得て、初めて人の心を知った。ぐらぐらと揺れる感情は少しだけ疲れる。銃身だった頃に何も思うことがなかったのか、というのとはまた違う。俺の本体がよく折られていたことも、アメリカで会ったベスくんのことも、昔のことは覚えていた。それでも、あの頃と今は違うのだ。 マスター、と音に乗せて口を動かす。自分の声が聞こえるっていうの、本当に不思議だなって思う。想うことも考えることも、話をすることも。この身体がなければ出来なかったこと。君がいなければ俺はこの身体を得なかっただろうし、こんなにも誰かの隣にいたいと思うことはなかった。 量産銃はここにも多くある。ベスくん、スフィー、ケンタッキー、シャスポー、タバティさん。エトセトラ。一品物との違いはまた別のときにするとして、量産銃はたった一人の誰かのためではなく、多くの国民のためにあったものだ。だから、君のためにある今が随分と不安定なものだと感じてしまう。いつか、君だって死んじゃうんだよ。 「勝手に殺さないでもらえます?」 「……あれ、そんなつもりはなかったんだけど」 話が転がってしまった。特に不満そうにはされていないのが俺は不満だった。だって、死んじゃうって言われてなんでもないような顔をしてるってことは、死ぬことを受け入れてるってことじゃないの。人が生きて死ぬことは、当然のことだけどさ。 此処だって、そういう場所だった。生きて、死んでいく人たちがいた。助けられなかった、救えなかった。そんな命たちがなかったなんて言えない。そもそも俺たちは命を奪う道具で、救うのは君の仕事だ、よろしくマスター。 「シャルルがいてくれるなら当分死なないでしょ」 「当分、ねえ」 「そんな道は選ばないって慢心してるから。よろしくね」 いつだって俺は逃げ道を確保する。だって死にたくない。なにより、マスターと生きて帰りたい。一緒に美味しいスイーツが食べたい。なんでもない顔で明日の約束がしたい。やりたいことはいっぱいある。 好きなだけ慢心してよ、マスター。きっと、きっと。俺は君と生きていく。最後までその隣にいたい。それを告げれば、君は小さく礼を言う。 「実は、ちゃんと考えるの苦手なんだよね」 人が生きて死ぬこと。当たり前のこと。あまり、考えたくはないこと。君は曖昧に笑う。俺は何を返せばいいのだろう。人の心はこんなにも揺れ動く。君はどうやって生きていたの。 「ねえ、マスター。俺はちゃんと君のことを守るから」 例えば、ベスくんの言う守ると、俺の言うその言葉の意味の違いを、君は理解しているんだろうなあ。とくん、と音を立てるはずのその場所が痛む。どうか、君の明日に俺を置いていてよ。 「シャルルの選ぶ言葉、好きだよ」 「言葉、だけ?」 「言葉を発するならいないと意味ないでしょ」 「そっか」 ちゃんと、上手く言葉を選べているだろうか。俺の思いは君に伝わっているだろうか。器用な方だ、とは思う。それでも言葉一つで誤解を生んでしまうのは悲しい。別に猫を被っているわけではないけれど、なんとなく君と話す間は言葉を選んでいる気がする。 人が生きて死ぬことは当然のことだ。今まで何度も見てきた。君もきっといつか死ぬ。その時に、俺はどこにいるだろう。君のそばにいることができるだろうか。死なないで、と、言って、しまうだろうか。傲慢だな。元々は物言わぬ銃だったのにこんなことを思い、願っている。君は、どうか死なないで。なんて、さ。きっと君は望んでいない。君が生きて死ぬことを、俺が止めてしまうことなんてできやしない。俺は神様なんかじゃない。 「ねえ、シャルル」 「なあに、マスター」 「私が死んだら墓守でもしていてよ」 「君が死んだ後に俺も死ぬから無理、って言ったら?」 「死なないよ、シャルルは」 きっと死なない。大丈夫。だってシャルル、死ぬのは怖いでしょう。 ひどい、ひどい人だ。本当に。俺に心を与えたのはそっちのくせに。こんなにも揺れ動くものを教えたのは、あなただ。呪いのような言葉を聞きたくなかった。 「君、は」 ゆっくりとこっちを見る。墓守をしてと言った本心はわからない。人の気持ちなんて、全部わかるわけがないんだ。 「まだ生きてるでしょ」 「うん、そうだね」 俺の好きな君。マスター。やわらかく微笑んだ君は確かに今日を生きている。 |