人が好きだと彼は言う。実は私はそこまで人のことが好きじゃない。でも君のことは好きだから問題はない。みたいなことを言えてしまえばよかったのに。言えてしまったらきっと死んじゃうからやめておこう。

 人を撃ち抜くのと同じくらい簡単に君はパーティをしようと口にする。些細な日常をこんなにも愛している君。今日も元気だね。

「マスターマスター!」
「はいはいなんですか」

 ばさりと乾いたシーツを引っ張る。よく晴れた、何でもない日。シーツがよく乾くのは最高に嬉しい。この前、衛生室のベッドに薬品をぶちまけてしまったものがようやく洗えた。最近、全然太陽に会えなかった。太陽みたいなやつとは毎日会えてるけど。
「今日はなんかやらないの?」
「何でもない日だからね」
「今日も一日よく頑張りました! の日!」
「まだお昼前なんだけど」
「夜にやるからだいじょーぶっしょ!」
 なにが? と聞いたところで大丈夫だいっじょーぶ! としか言われないことは経験済みである。君の言う大丈夫、はある種の呪いみたいだよね、一生言わないけど。
 彼の三つ編みが風に揺れる。ああ、眩しい、んだよな、ほんと。目が潰れちゃうじゃん。勘弁してよ。君が君のままで此処にいてくれることが奇跡で、私は君の好きな人には一生敵わない。それが正しいことだ。
 皇后様の友達になりたかった、と語る君に心臓が死んだのは内緒にしている。だって、そんな顔で言われてしまったら、私は一生その人に敵わないって突きつけられてしまう。死んだ人が羨ましい、なんて初めて思ったんだ。どうやったって生きてる人間は死んだ人間には敵わない。そのことを、君に会って初めて知った。初めて、自分の中にこんな感情があることを知った。知りたくなかった。醜くて、どうしようもないこの感情を、彼にだけは知られたくなかった。

「マスターは何が好き?」
「え?」

 何でもないような顔で言葉を落としていく。その言葉一つで私の心臓は何個でも死んでしまう。マスターの心臓は一つだけなんだよ、手加減して。無自覚なのは本当に質が悪い。
「オレはねえ、わりと大抵のことは好きかなあ。楽しいこといっぱいあるじゃん? それぜーんぶやってみたいよねー!」
 キラキラした瞳で世界平和のことを語れてしまう。こんなにも窮屈な世界で君の瞳は確かに輝いていた。

 この戦いが終わって、平和になったらやりたいことがいっぱいあるんだ、と楽しそうに語る君の未来を私も見てみたいから今を生きている。そう言っても過言ではない。君の明日は晴れるだろうか。君がいるなら、そこが晴れだ。
「楽しそうでなによりです」
「マスターも一緒にだよ?」
 マスターがいなきゃ意味ないじゃん、ねえマスター、行きたいとこ、やりたいこと、教えてよ。きっとオレが叶えてみせるから。
 君の言葉はまっすぐ私に刺さる。君にそんなつもりはないのだろうけど、君にありったけの憧れを詰め込んでいる人間には厳しすぎるでしょ、これ。
 一生分の憧憬を詰め込んだって足りない。君がそこにいるだけで救われる。私にそんな優しい言葉をかけないでほしい。うっかり死にたくなったらどうしてくれるの。なんて。責任転嫁もいいとこだ。
「マルガリータと一緒ならどこだって楽しそう」
「もっちろん! 退屈なんて嫌いだし、マスターに損はさせないよー?」
 ふっふふー、と楽しげに笑いかける。私はそれになんて返せば正解なのだろう。私は。君の隣にいることができれば、それだけで幸せなんだ。