※未来編でみんな亡くなってないこと前提のお話です。ほんのり白ブル。 「お人形さんみたいで、すてき」 姫はいつもの花のようなにっこりと屈託のない笑みを咲かせたかと思うと、車椅子の少女の頬を愉しげに細い指先でつついた。姫が少女の体に掛けてやったブランケットの下は、手首、太腿、足首がベルトで括り付け固定された状態になっている。姫に命じられ、睡眠導入剤を飲ませたばかりなので、暫く少女は目を覚まさないだろう。姫はうっとりと言葉を紡ぐ。 「可愛いです…淡いブルーの髪が…とっても奇麗で、肌もすべすべだわ」 オレは姫の様子を微笑ましく見守り、やがて静かに目を閉じた。 この少女は、今は何ら変わらぬ普通の少女の顔をして眠っているが、元は白蘭の下で大量殺戮を繰り返していた悪だ。長い戦いが終わり、白蘭もこの少女もボンゴレ]世に持ちうる力の全てを封じられた。白蘭はあの妙な翼を失い、この少女は尾鰭を失った。 目を開ける。とても晴れやかな表情で少女の長い髪を櫛で梳いている姫が、眩しい。白蘭の大事な人魚姫を誘拐して来なさい。そう冷たい声で命じた赤い唇も、深い夜にオレを見上げて妖しい火を灯す蒼い瞳も、何もかもが眩しい。 姫が、オレの全てだ。 「γ、私…この子を白蘭に返したくありません。人魚姫になれなくなって、悲しい想いをしていたらしいですから、ねえ、γ、」 「…ああ、」 「今度は、眠り姫にしてあげましょう。悲しい気持ちだって、眠って眠って、夢も現実も何も分からなくなれば、忘れられるわ」 「姫は、優しいな」 「女の子にとって、お姫様で居られなくなることは、とっても辛いことなのですよ、γ」 急に無表情になった姫が、櫛を少女の膝に置いて、寄り添うオレの懐に潜り込んで来た。まるで、何かに怯えて隠れるように。受け止めて、宥める為に姫の小さな背中をさする。ようやく平和が訪れたというのに、姫は何を怖がっているのだろう。 「γ、私は、ほんとうに優しいですか?」 「…ああ、姫は優し過ぎるほどだ。この少女は姫に感謝をしないといけないな。姫に車椅子に乗せてもらって、車椅子から落ちないようにしてもらって、髪を櫛を梳いてもらって」 「そうですよね、この子は、ブルーベルは、私のところに居たほうが幸せなんですよね。ブルーベルは、だから、絶対に白蘭には返しません」 「…姫」 「キスで目覚めさせてくれる王子様は、白蘭じゃない…ブルーベルにはもっと、素敵な人が現れるはずです。…ああ、やだ、私ったら…彼女のお友達みたいな出過ぎた意見を…。」 一連の行動の理由は、敵ながらすっかり気に入ってしまった少女とどうしても友達になりたかった姫の不器用な、それでいて酷く純粋な想いがさせたことだった。また、少女は眠らされる直前まで姫を拒絶していた。白蘭、白蘭と叫んでも、ここは新しいジッリョネロのアジトの地下だというのに、その名を呼び続けた。 姫はきっとそのことがショックだったのだ。 「γ、私……」 「大丈夫だ。この子は恥ずかしがりやなんだ、姫に友達になりたいと言われて、拒絶するバカはいない。次に起きた時に友達になれるかもしれない。なれなかったら、また眠らせれば良いさ」 「はい…」 オレはどうしたって姫に協力をしたかった。マフィアのボスであることを理由に友達を作れなかった姫が、強く友達になりたいと思ったのが、たとえ大量殺戮を繰り返していた奴でも。 姫の頭を撫でて、青ざめている頬にキスをした。 オレは姫の為ならば、これからも何でもするだろう。大量殺戮だって、厭わない。 (2010.12.08) 狂気に耳を傾ける |