※ユニ18歳設定
甘ったるく毒色をしたグレープ味のロリポップの柄をくちびるから突き出して、野猿は彼女とテーブルを挟んで向かい合うようにして席に座った。頬杖をつき明後日の方へ意識を飛ばしていた彼女の虚ろな視線が野猿へと移り、あからさまにむっとした様な表情に変わる。 「姫様どーした?」 「…野猿ったら、また自分だけロリポップですか」 「いいじゃんか。姫様こーいう安っぽいのあんまスキじゃないだろー」 「そんなことないわ。あなたがいま口に入れているのをください」 「ええ?…ハハッ、γアニキに怒られるって姫様!冗談…」 「冗談じゃありません」 「…姫様さいきん反抗期、」 なのか?訊く前に彼女のすらっとした手が魔女の様に迫ってきて、口に含んでいるロリポップを奪い盗られる。野猿は「わ、」と間の抜けた声をあげ唖然としたあと、複雑そうな表情をして彼女の愛らしいくちびるに易々と捕らわれてゆく自分のロリポップを見つめた。この一連の動作には、真っ逆さまに崖を転がり墜ちる様な、そんな危なっかしさが漂っている。と野猿はごくりと息を呑んだ。反抗期?そうじゃなきゃおかしいじゃんか、こんなの。 凡そ万人には見せない悪戯っ子の笑みを厭らしく称えて、彼女はロリポップを一度口内から引き抜き、くるくると宙で円を描く様に手首を振り回した。合わせて回っているロリポップを目で追っていると、「ねぇ野猿?」と妖しい響きを持った声で疑問符を投げられる。 ヤバイ。さいきんの姫様ヤバイ。なんかコワイ…ってか、雰囲気がもう一端の大人の女みてーだ。つーか姫様は、先月にオイラがある意味姫様より信頼しているγアニキと婚約したばかりだというのに、オイラを困らせることばかりを仕掛けてくる。γアニキや太猿アニキの影響で大人の女というモンには免疫があるつもりだけど、ちょっと前までの白百合の様に可憐だった頃の姫様と一緒に成長してきただけに、姫様のこういう部分を見るのは苦手だ。意識したくなくてもしてしまうし、そうすればする程まんまと姫様の罠にどっぷりはまっていってる気もする。 「な、何だよ姫様…」 視線をきょろきょろと周囲に踊らせても逃げ道なんか見当たらないから、しょうがなくしどろもどろに返事をした。 「秘密を持つと、他の人間に対して妙な優越感を抱くのは何故なのでしょうね、野猿」 「…オイラが後で知られて制裁受けるよーな秘密はよしてくれよ。一昨日の、あれとか…」 「…あれ?」 「ほら、そーいう白々しいの…γアニキに怒られても知らないぞっ!」 「怒られるのは野猿じゃないんですか?」 「うっ…脅すのやめてくれよ…ホント…γアニキって怖いんだからさ…」 「けれど野猿は解っていて私とキスをしたのでしょう?」 「あれは違う!…流れで、」 流れでそうなってしまっただけ。 つい一昨日、オイラは姫様ととんでもないことをしでかしてしまった。それこそ、γアニキにぶん殴られてけちょんけちょんのボロッボロにされて、勘当されてもおかしくねーくらいの。うん、俗に言うただのキスじゃなくて、ディープなキスだ。もしこれ以上のことになったら待つのは確実に感電死のみ、焼死体になってオイラの明るい未来は絶対的に無くなる。 野猿は冷や汗を流しぶるっと子犬の様に震えた。しかしふと、考える。流しかけたロリポップで濡れて光るくちびるで魅惑的に発せられた、ひみつ。という単語。 「…姫様は、秘密が欲しいのか?」 「…はい?」 「秘密を持つと、どうのって…」 「まあ、そうですね。欲しいですよ、秘密」 「…どんな?」 「γが落ち込んでベッドから起き上がれなくなるくらいの、秘密ですね」 γアニキが?落ち込んで?起き上がれなくなる? 無言のまま耳に入れたことを頭に入れてよーく反芻してみると、おっとりとした口調とは裏腹に彼女が結構激しいことを言っているのに気が付く。ただその言い様から、何か自分の婚約者に対して思うところがあるらしいとは流石の野猿の猿頭でも理解出来た。 「…姫様、γアニキと何かあったのか?」 「特に何もありませんよ。寧ろ、何も無いからこうなったのかもしれませんね」 「こうなった、って…」 「結婚するということを思うと、とっても憂鬱なんです。わけもなく当たり散らしたくなるんです。」 「…そ、それって大丈夫なのかよ?なんでだよ、γアニキと婚約して幸せなんじゃ…」 「思い返してみたら…私が素のままの私を見せられるのは、野猿しかいないことに気付いたんです、」 私はあの人の前では出来るだけ、あの人と同じ歳くらいの大人の女性で居たいんです。それを自分が憂鬱だからとワガママな子どもみたいに当たり散らして、あの人に幻滅されたくないんです。あの人と結婚をするということは、幻滅されない様に思い悩み続ける毎日を誓うことでもあるんです。解ってくれますか、野猿? 会話の合間にも彼女の舌に押しあてられていたロリポップは、ビー玉みたいにまんまるだったあの形を失くしていた。すっかり擦り減って痩せ細っている。痛々しくて無性に見ていられなくなって、野猿はぎゅっと目を瞑った。 それと同時に、ガリ、と何かが粉々になる音がする。甘い破片をざらざら舌で転がす音がする。きっと姫様は真っ暗な視界の先で、オイラのこの臆病な姿を見て、愉しそうに微笑んでるんだろう。 「野猿、怖がらなくていいんですよ。目を開けてください」 「…ひめ、さま、?」 「あなたに素のままの私を受け入れてもらいたいんです、いまの私を」 「………オイラに…?」 「あなたでないと、私はもう如何にもならなくなってしまったんです」 「……オイラじゃないと………、」 姫様を救えるのは自分しかいない。そこまで言われれば、明るい未来も何も要らないと思えて来るから危ない。γアニキは姫様にこういった危ない一面があることを本当に知らないのだろうか?根を張り始めた罪悪感が絶えず理性を掠めるけれど、もうオイラは姫様の温かな舌に噛み砕かれて溶かされて、ここにもどこにも残らなくて好かった。 (2010.08.16) 魔性的マリッジブルー |