※ユニ18歳設定







血溜まりに浸かって重くなったスーツの上着やネクタイ、シャツを屋敷の裏の焼却炉へと放り棄てる。真っ暗な空洞にボトッ、ベチャ。という不気味な音が沈んで、何とも厭な気分になった。見上げた屋敷から室内のシャンデリアの光がカーテンの隙間から僅かに漏れてはいるものの、ただでさえ午前二時過ぎの薄気味悪い深夜だ。γは柄にもなく冷たい外気に晒されたその身体を震わせる。捨てられた子犬かオレは。

足元に視線を落とし、脱ぎ棄てた衣服と同様に血を吸ったズボンは如何するかとボンヤリ考えていると、背後に自分ではない誰か人の気配を感じた。殺気とは何処か違ったものを瞬時に感じたが、地に置いていた銃を拾う寸前で、「…γ…」とぽつりと思いもがけないか弱い女の声で名を呼ばれ、瞬時に気配の主が誰であるのか悟った。

マフィアとは無縁そうな、小さな可愛らしい少女だった頃よりもぐっと成長をして、先代のボスの面影さえも感じるほどの美しい女となった現ボスのユニだ。それでも可哀想になるくらい、マフィアと無縁そうなところは変わってはいない。

「……姫?…何してんだこんな夜中に外出てきて」
「…お帰りなさい…。あなたこそ、こんなところで何をしているのですか…」
「今回の標的はわりと手強かったからな。最後の最後の後始末だ、ったく新調したばっかのスーツだったんだが」
「…怪我は…していませんか?」
「このオレが怪我なんてしてくると思うのか?相手が大袈裟だっただけだ」

終えてきたばかりの仕事の始終をやれやれと思い返す。
大人しくしていれば一つ心臓に穴が開いただけのあっさりめの綺麗な屍になれたというのに、蜂の巣状態になってまでこちらに向かってこようとするもんだから、すっかりオレまで血塗れになっちまった。まったく丈夫なヤツも居たもんだ、死なねー人間なのかと思っちまったぜ。馬鹿馬鹿しい。
ま、オッサンの綺麗な屍なんて誰も得しねぇか。オバサンなら未だしも。

γは依然として張り詰めた堅い表情のままのユニをにこやかに見つめ、少し距離のあった彼女へ近寄る。が、彼女は表情を崩さず後ろへと退いて、再度γから距離をとった。

姫には思春期など無いと思っていたが、どうやらあったようだ。近頃の彼女は目に見えて自分を毛嫌いしているのだ。これってあれだろ、娘が思春期に差し掛かった時に自分の親父が嫌になるとかと同じようなことだろ?少し前までは、仲間達にひやかされるほどいつでも一緒に居た。よく二人きりで買い物に出掛けたりもしたし、たまには遠出して姫の喜びそうなところへ旅行にだって行った。

それが、最近の姫はどうだ?先代の墓参りへ行く以外には外出もあまりしなくなった。それもオレや護衛の者すらも連れて行かずにわざわざ目を盗んで行く。屋敷内でも自分の部屋に閉じこもったまま、ボスとして最小限のことをする以外には呼び掛けにも応じないし出て来ない。皆の揃う食卓にも顔を出さず、後で自分で部屋に食事を持っていき、一人で食べている。

野猿の時より酷い思春期だ。あいつにも随分てこずったが、姫はその比じゃない。あいつが臍を曲げた時などは頭をポンポンして一声ふた声優しい言葉でも掛けてやればそれだけで機嫌が直っていたが、今の荒んでいる姫はそれでは到底通用しないだろう。何より、見る度顔色も悪く笑顔でいることが少なくなった。

これではまるで気が触れたようじゃないか。

「姫、任務はちゃんとやって来たんだ。何かお褒めの言葉はないのか?」
「…あるわけないわ、γ…あなたまた標的を殺して来たのですね」
「標的は殺すもんだ。何か情報を聞き出す以外や人質とする以外には、生かすもんじゃない」
「…私は!任務の度に殺さず、殺したことにして標的を海外へ逃がしなさいと指示しているはずです、その手筈もつけているんです、それをあなたは!」

二人の間に、殺気に似た空気が漂いはじめる。γは突き刺すような刺々しい視線を向けるユニに構わず落ち着いた調子で言葉を続けた。

「姫は分かってねぇな。指示を出したら、家で任務の遂行を待っているだけで、普段一日中引きこもっているからそうなるんだぜ」
「…分かってない…?」
「命を助けてやったって、無意味だということさ」
「どういう、ことですか?」
「そりゃ――姫はボスの仕事は常に完璧にこなしているし、姫のことだから、完璧に手筈だって整えて指示を出しているだろうさ。…だが、いつまでも標的を逃亡先へ匿って置くわけにもいかないだろ、結局は逃がすことになる。そうやって自由になった標的が、後から差し向けられた元いた自分のファミリーからの追っ手に殺されることもあるんだぜ。というかそれが大半だな、無意味だろ?うちみたいにアットホームなファミリーなんて早々無いのさ」
「………!」
「大体、たった一度の任務で失敗して死にっぱぐれて無事に家に帰れたって、そのまま自分とこのファミリーに殺されるのもいるしな、この世界には」
「…そんな、たった一度の失敗だけで…?」
「分かってくれたか?この世界では命は使い棄てなんだ。消す筈の人間を生かして置いて良いことなんてまず無い。殺して死なせたほうが後々のトラブルを防げることだってあるし、幸せなこともある。あんたそれを分かってない。そこまで考えらんないとこが、あんたのまだまだ未熟なとこだな。正直口を出して欲しくない」
「…………!!」

いつの間にやらユニの真っ白な頬を濡らしていた涙を、γは大きな手のひらを伸ばして拭い、それを拒否しようと逃げる彼女の体を無理に引き寄せ、唇で唇を捕らえた。久々の姫の唇。どれだけこの柔らかな唇に触れたかったことか。それすらも姫には分からないのだろう。

「ん…っ!」

ユニは唇を割って舌を挿し込んで来ようとするγの唇を思い切り咬むと、彼の腕の中で精一杯に声を張り上げた。

「…無意味だとしても、私はっ……!」
「…っなあ姫、年長者の意見は聞いとくもんだぜ?そんなんじゃこの世界では生きていけない」
「無意味でも、私は今の指示を変えたりしません…っ、問題があったって、改善は出来ます!もうあなたには任務を与えません…っ!」
「姫。姫はオレが嫌いになったんだろう?だったらそう素直に言えば良いじゃねぇか、嫌いになったと、もうオレとはキスもしたくないと」

息を荒げる彼女に、発作でも起こしたのかとγは怪訝そうな顔をしたが、探るように問い掛けた。彼女の剣幕に更に拍車がかかる。

「……っ違います、あなたが私を嫌いなんです!…何色にも染まらない、無垢なところが好きだと、あなたは昔言ってくれました…でも!あなたは本当は怒っています!あなたと同じ色に染まらない私を、あなたは嫌っているんです!」
「…んん?……ああ、分かった。やっぱり姫は気が触れてしまったんだな?分かったから、部屋へ戻ろうな姫?久しぶりに一緒に寝よう」
「…γ…いや…っ、」
「いやじゃないんだ、姫。先代も先々代もそうして生きてきたんだ」
「…ぁっ……!」

お母様、お母様も、彼のように人を殺めた手で私を抱き締めていたのですか?私も、そうならなければいけないのですか?そうなって、私もその手で自分の子どもを平然と抱き締めることになるのですか?その、拭っても拭っても消えることのない、血と罪に溺れた手で――

「っやめて、…γ…っ!」

――あなたに嫌われようと、私はあなたと同じ色には染まることは出来ません。あなたをどれだけ愛していても、私は人を殺めることは出来ません。また、あなたから逃げることも、私には出来ません。私が出来ることは、あなたに人を殺めさせないこと――


「…わたしっ……あなたを、……っ、」

た、す、け、た、い、


そう動く儚い薄紅色の愛おしい唇に、今度は優しく触れる。

しかしγは、彼女の悲しげな言葉を拾ってやることは出来なかった。殺しを止めさせることなど、今さらオレを助けることにはならないんだ、姫。

塞いで、塞いで、彼女が自分を嫌いなんて言えないように。そして自分も、いつまでも清らかで清らか過ぎて恐ろしさすら感じる、愛する彼女から逃げないように。






(2010.08.12)
tempo di valse様に提出

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