※ユニ・ブルーベル17歳くらい。微γユニ要素。










からからに干乾びて誰にも愛されなくなるのが怖かった。よおく考えてみればとっくに愛なんて失っていたのに、それでもそれがわたしのすべてだった。見せかけの、ニセモノでいいからわたしに水をちょうだい。密やかな願いを巡らせて懐くと、ブルーベル、とわたしの名前を優しく呼んで頭を撫でてくれる大人の男がかつて二人も居た。あの二人になら、一度くらい本当の名前で呼んでもらいたかった。もしもあの頃のわたしを知る人が居たら、わたしのこの真っ青な顔を見て笑ってほしい。







「体調のほうは如何ですか、」
「ひゃっ」

天蓋から下がるカーテンのバリアを突然破られ、驚いたブルーベルはその拍子に膝の上で開いていた本をベッドの下に落としてしまった。彼女の様子を窺いに来ただけの彼女もびっくりしたらしく、落ちた本とブルーベルの顔を交互に見て固まる。

ブルーベルはばつが悪そうに自分と同い年の黒髪の少女を見やった。

「ユニ、あんた…音もなく部屋に入ってくるのやめなさいよ」
「…すみません。そんなに驚くとは……」

そう言って腰を屈め、ずっしりとした装丁も立派なその本を拾う。“La sirenetta”、人魚姫だ。これはユニが昔ブルーベルにプレゼントした本である。あなたの物語ですよ、と。

「どうぞ、随分と愛読してくださっているみたいで」
「ニュ…これしか読むものが無いのよ」
「といってもほかに読みたいものも無いのでしょう?」
「ふん。」

正しくは、ユニ自身が自分にこれしか読ませたくないのだろう。
ブルーベルは病床の日々を過ごしながら、そう確信を強めていた。ユニは自分に人魚姫になってもらいたいのだ。最期は報われることなく泡のようにぶくぶくと消えていってほしい、と。被害妄想と言われればそれまでかもしれない。けれどユニの深い深い海の底のいろをした瞳を覗き込むたびに、わたしの深みのない空っぽのガラス玉の瞳は痛くなる。何度泡沫と化そうが生まれ変わろうが、相容れない何かがわたしたちを縛っていた。


「人魚姫なんて、ホントに居たら恐怖の対象でしかないわねえ、ユニ。まぁさっさと消えるから心配しないでよ。別に様子見になんて来なくていいから」
「あら。何を言ってるのです、珍しく弱気ですね。あなたが居なくなってしまうことは恐怖ですよ」
「あっそ。なんでもいいわもう、ブルーベルはしぬ。しんじゃうんだもん、泡になって!」
「騒がないで、私も一緒です」
「あんたは元気じゃん!」
「あなたが居なくなったら死にたくなることは目に見えています」

はぁ?自殺でもすんの?さいっっっあく!

屋敷じゅうに響くほどの大きな大きな声で叫んで思いっきりげらげら笑うと、耳を抑えているユニに常にまとわりついている金髪の王子様(というには少し老けているけど)が、「姫っ!?」とマジな顔をして部屋に飛び込んできたもんだから、今度は二人で笑ってやった。



わかってる。
ブルーベルは、自分が死ぬのよりユニが死ぬのがこわい。ブルーベルが死んだあとでも、さきでも。それはあってはならないことなのよ。王子様のいるお姫様は、死んではいけないの。この本で教わった。

わかってるのに、短剣を持ち出して道連れにしたいの。








(2010.09.13)
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