※ユニ16歳くらい設定。







魔法の効力は年齢を重ねるにつれ薄まり、いま彼が愛しているのは石の塊だ。其処には肉体も魂も何も存在せず、その眼をどれだけ見開いてみても無駄なこと。だから私を見れば良いのに、私と居ても彼はずっと私の母を追い続けている。それどころか、私に顔も得体も知れぬ父の姿を見ては、嫉妬するような視線を時折向けるのだ。彼は、私の愛する彼は、とても愚かだと思う。



「私が憎いのなら、憎いって言ってしまえば楽になれますよ、γ」

やさしい悪魔に心を乗っ取られながら囁き、怪訝そうな表情をする彼の唇を指でゆっくりとなぞる。知っているのよ。私を誰だと思っているの。傲慢な気持ちは包み隠さずに、真っ直ぐに彼の眼を見つめたあと唇へ視線を移してくちづけた。触れるだけだ。私は情欲に誤魔化されたりはしない。性懲りもなく腰に回ってくる数多の女を知る腕から逃れて、横たわっていたベッドから起き上がり彼を見下ろす。

「…姫?……意味が分からないんだが。御解説願おうか」
「私が憎いのでしょう、あなたは」
「馬鹿言うな」

子どもの言うことには取り合わないとでもいうように、彼はやれやれと溜め息を吐いた。魔法はいつ解けてしまったのだろう。私には特別な力などもう残ってはいない。嘘みたいに空っぽ、自分の死ぬときの顔すら不鮮明であやふやだ。

「母はあなたのこと大好きでしたよ。仲間としてね」
「………」
「あなたは私の父に負けた」

淡々と言葉を連ねれば、彼は私に向かって含み笑いをした。威圧するように起き上がったかと思うと、腕を引っ張られシーツの上に叩きつけられる。荒々しく思いやりもないその振る舞いのわりに、太腿から這いのぼってくる手が温かくて気分が悪い。捲くり上げられたワンピースの裾を戻そうと脚を動かすと、その脚を彼の脚に押さえ込まれた。

「…で、姫は自分の母さんに負けたと言いたいのか?」

取り合おうとしなかったくせに急かす口ぶりに苛々して、わざと間を置いて「そうですよ。」と答えた。空っぽだけれど娘の私が母に勝てるはずもないこと、自分から父という存在を消せないことは分かっている。そして気付いたこと。母に勝ちたいと思っているわけではないこと、父を消したいわけではないこと。私はただ好きな人に、こんな形でなくちゃんと見てもらいたいだけ、愛されたいだけ。



「私があなたの娘に生まれれば、ちゃんと愛してくれましたか」

答えは彼からの深いくちづけで誤魔化された。私を恋も愛も何にも知らない子どもだと思っているのだろう。そう思っていて、こういうことをするのだ。彼にとって私は愛している女によく似ていて、偶に燃えるような激情をくれる、態の好い人形だ。今度こそ私はいままでよりずっと醒めた気持ちで、はつ恋が穢されてゆくのを感じた。


お母さん、私が其方へ行った際には私を憐れんでくださいね。あなたが父と出逢わずに私を彼の子どもとして産んでくれれば、このような想いを抱くこともなく、和やかに丸く納まったのですから。






(2010.09.01)
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