くけ様より相互記念 のコピー | ナノ



脳内の割合二次的な欲求





 この時間はいつも酷く手持無沙汰だ。この男は見た目通りというか仕事ぶりと照らし合わせたら意外とというか、不器用だし、仕事が遅い。だからいつも自分が脱がせるのだと聞かないで俺のスーツを脱がす手つきは覚束なくて、どうしようもなく緩慢だった。上着一枚脱がせるのにどれくらいかかってるんだか。これじゃあ色々と冷めると思うのだが、果たしていつも相手側から指摘されたことはなかったのか。それとも指摘される様な相手もいなかったのか――……ともあれ、とにかく遅い。


 そんな時はいつも俺の上に覆いかぶさっている村上を観察する。必死な顔。同性同士で、上司と部下で、俺と村上で何でこうなったのかとか、いつこうなったのかはもう今更よく分からない。今でも何でコイツなんだろうとは日々思っているが。


 広い肩幅。熱い胸板。がっちりとした体は力仕事には向いていそうだが当然のことながら俺の趣味じゃない。不恰好で、固そうで暑苦しい。学生時代に何かやっていたんだろうか、と適当に想像する。何かを確かめるように、手を伸ばす。骨と骨が当たってこつりと音を立てた。やっぱり固い。

 視線をそのまま少しずらすと、ぶらぶらと所在なさ気に揺れる紺色の蝶ネクタイが見えた。ぷちっと、クリップ式のそれを外す。重力に従って蝶ネクタイは素直に落ちた。


「え、あの」
「……お前が遅いから手持無沙汰なんだよ」


 そう言って、その下の、シャツのボタンも両手を伸ばしてプチプチと外していく。ほら、こんなこと位簡単に出来る。村上が遅いだけだ。早漏の癖に。あっという間に裏カジノ勤務だけあってそれなりに白い身体は、骨が太いのか何なのか知らないが、やけに鎖骨が浮きだっていた。何だかこいつはどこもかしこも角ばっている。


 角ばって浮きだったそこに何故だか触れてみたくなり、ようやくボタンを外し始めた村上の手を無視して太い首に腕をまわして体重をかけて――そこにやんわりと噛みついた。


「っん、店長!? な、何して」


 予想以上の反応を見せた村上に思い切り身を引かれた所為で、首に手をまわしていた俺の体も一緒に引き上げられる。
そのまま体重に任せてぼすっと、狭いソファーでの位置が入れ替わった。意味が分からないといったような表情で俺を見つめ返す村上の顔が少しだけ赤いのを見て、にやり、と笑ってもう一度鎖骨の下の辺りをいつもコイツがやるように舌先を使って舐めあげた。ぴくぴくと村上が反応するのは別に色っぽくもなんともないが、面白い。


「ひっ、ちょ、店長待っ……!」
「なんだ? お前ここ弱いのか? 顔赤いぞ」
「な、なんなんですか、あのちょっとてん、やめ」
「待たない、やめない」


 わざとくちゅくちゅと音を立ててそのまま鎖骨を舐めてやる。時折歯を立てると、「もうやめ……!」という余裕のない声が聞こえた。


 こうなると意地でも止めてやりたくなくなって、鎖骨一帯に何かの呪いのように赤い痕をつけていく。痕が線の様に繋がった辺りで、目元を抑えていた村上が、キッとこっちを見据えて首筋に唇を這わせていた俺の肩を掴んで、思いっ切り元の体勢に戻してきた。オセロゲームじゃあるまいし、何度もぱんぱんぱんぱんひっくり返されたらたまらない。負けずに睨み返すと、若干紅潮した村上と目が合う。


「いって……」
「もう……やめてくださいって言ったじゃないですか……」
「そんなこと言って簡単にやめるか……っひ」


 少しばかり差のある体重で押さえつけられたまま、指よりもずっと器用な濡れた舌先がお返しとでも言わんばかりに中途半端に肌蹴たシャツの合間に見える俺の鎖骨を舐めあげる。空いた右手でズボンを今度は器用に脱がすと、性器に直に触れてきた。あ、という声と寒気に似た感覚が俺の背を舐めあげる。


「店長だって弱いんじゃないですか、ここ」
「ちが、お前が触って……そこだけじゃ……っ! あ」


 敏感な先の方を指先で弄ばれて、微熱に似た甘い疼きが腰の奥の奥の方へ溜まっていく。こうなるともう抵抗できなくてソファーに思い切り体を預けた。見た目だけ派手で中身は存分に安っぽいソファーから、きしりと音がする。嫌な音だ。


 くちゅくちゅと粘液を絡ませながら、上へ下へと撫でつけられて意識が散漫になっている隙に、ゆっくり中に粘ついたローションを入れられた。それに反応してぴくりとのけ反った俺を宥めるように、村上がおもむろに唇を重ねてくる。ひくんと鳴る喉。上手くもないキス。ただ単に捻じ込んだだけの舌におずおずと俺の舌も絡ませると、喜んだように更に深くまで舌が入り込む。庇い切れなかった唾液が口の端から零れて、一緒に流れていた涙と同化して下の方へぼたぼたと落ちていく。
 その感覚に慣れなくて身をよじらせると同時に、生理的な動きに従って奥の方から無理矢理含ませたローションが流れてくる。不用意に温まったそれが入り口から溢れて、太腿を濡らす感覚が今の状態を思い知らせて、その途端に脳の隅が羞恥で一杯になった。思わず唇を噛む。村上はその俺の表情を見てから気づいたかのように、ようやく今も尚どろりとしたそれが溢れ出るそこに指を差し入れた。くちゅり、と水音。背筋が震える。


「……随分物欲しそうな目してましたね?」
「う、ぅあ……っん、ちが、ロー、ション……流れるからっ! やるなら……は、やくしろって」
「流れちゃったら足せばいいじゃないですか、ね?」


 一気に奥まで指が入ってくる。それでも入り口と指の隙間から泡立ったそれはつーっと溢れる。止まらない。それが全部溢れて垂れてしまったら自分の理性もどこかに行ってしまいそうで、腰を揺らす。妙な角度が付いた所為で、曲がった指が丁度いいところに当たって、浅い息を吐いた。


「う、っやああ、むら……ああああぁあ」
「店長そこ、好きですよね。いつも自分からそこに合わせてくる」
「うるさ……! 黙ってや、あああ……んん」

 奥まで入った中指がそのまま上の所をゆるゆると擦り上げる。ぞくりと背が跳ねあがって視界が歪んだ。震えてきた口元を緩く上下させると、緩慢な動作で以て村上がやっと二本目を入れてくる。鈍い音を立てて収縮するそこは物足りなさそうで、そんな自分が酷く浅ましい気がして目を閉じる。

 内部を這いまわる指にびくびくと反応した下半身だけ別の意識を持ったかのようで、感覚がバラバラになる。中を引っ掻かれる度に、飢えの様な感覚がびりびりと脳髄を支配した。コイツにそんな所を弄られるなんて、と理性が自嘲する。堪らずに目を閉じた。


「あ、嫌だ、そこ……っああ、んんん」
「店長……そろそろ、入れます」


 返事すら待たずにぐっと押し入ってくる感覚はいつまで経っても慣れない。痛いくらいの圧迫感に、直接伝わるえげつない程の体温が気持ち良くて、快感を逃がす為に辛うじて息を吐いた。


「……っ!」
「辛くないですか?」
「は……っ、一々煩い……っ!」


 奥の方で締めると、コイツはいつもそれだけで眉根を寄せてイきそうな素振りを見せる。は、早漏、と心の中で罵りながら、ぐっと腰の奥、押し付けられるそれで前立腺が擦りあげられるのを感じた。いやだ、とか気持ちいい、だとかがごちゃまぜになって、どうにかそれを伝えたくて村上の名前を呼ぼうとするのに、口からは声にならない、吐き気のするほど甘い嬌声しか出てこない。自分の中で、ゆっくりと村上が動くのが分かった。


 ――村上のイイところ、鎖骨の辺りが弱いことを初めて知った。他にもあるかもしれない。俺のイイところ、最悪な事に、もうバレている。そんなことばっかり、気付かされる。もっと他にお互い知るべきことがあるはずなのに。もっと、セックス関連のことじゃなくて、と思う。それでも今は、これしか知る手だてが無いから、俺は。


「んっ、くぅ……ああ、ひぃっ……あああああ」
「っ、は……店長、どう、ですか?」
「あ、っうううああ、んっ……村上、きもちい、い」


 結局コイツは前を肌蹴させただけだから、背中に回した指が、汗をかいた指先が上着で滑る。しがみつきたいのか抱き着きたいのかもうわからない。それでも必死に指先を滑らせると、ソファーに置いてあった村上の手が俺の肩まで下りてきて、そのまま抱きすくめられる。そうするとまた中の方で妙な角度が付いて、足ががくがくと震えた。


「店長、あの、そろそろ……きつ」
「いっ……ちいち実況すん、なっ……! ひっ……あああぁあああっ……!!」


 しがみつくなんて馬鹿らしい。執着するなんて痛々しい。痛々しくて馬鹿らしくて疎ましい程、抱きしめられて、一緒にイッたな、というのが分かった。沈みそうな程重い白濁液が、隙間から零れてソファーに染みるのが目に見えた気がして、溜息を吐く。怠さに目をちかちかさせながら目の前の身体をもう一度抱きしめる。……固い。



*




「お前、趣味とかないの?」
「なんですかそのお見合いみたいな質問」
「いいから」


 性欲が収まってからじゃないとお互いを知のことを知りたい、なんて二次的な欲求を出すことも出来ない俺達は恐らくはどうしようもなく下等生物なんだろう。否、俺は知りたいと思ってなかっただけだ。コイツのことなんか。不器用な手つきとか、犬みたいなところとか、それ以外にも、もっともっと、何かある筈のパーソナルデータを、知っていくための馬鹿らしくて疎ましくて痛々しいプロセス。


「仕事仕事であんまり趣味とかないですもんねー……俺は」
「まぁ、そうか。俺も似たようなもんだしな」
「俺も店長のこと、もっと知りたいと思ってますよ。理解者っていう程大それたものになんか、なれるかどうかわかりませんが……それでも、店長が俺に知ってほしい事とか、今はまだ知ってほしくない事でも、知れたらいいなって……思ってます」


 情けない笑顔で、首にもあの一本のラインみたいな痕をつけたままで、村上が言う。全く格好良くもなんともないし、どうしようもないことこの上ない。


「……ああ、そう」


 それを嬉しいと思ってしまう俺も、同じくらいどうしようもないことこの上ない。脳内がこのこけおどしみたいなソファーと同じくらい、みしみし音を立てる。一次欲求も二次欲求も、同じくらい支配されてしまった敗北感は吐き気がするほど甘かった。


「だから、あの、聞いていいですか?」
「……何を」
「店長のイイところとか」
「盛大に死ね」







悦子さんから八万打企画のほうで村上を弄るが逆転されてしまう一条な村一(裏)でリクエストさせてもらいました!!
もう押され気味だったのに逆転して言葉攻めまでしてくる村上もたまらないのですが
店長がとくに官能的で、自分から攻めて言ってるところとかもういろいろえろすすぎて・・・!!
悦子さん素敵な小説ありがとう御座いました!!


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