小説 | ナノ
愛らしく彩られたケーキたちは、「早く食べてよ」とこっちを見ている。空腹と甘い匂いに頭がくらくらするようだ。お腹のお肉をむにっとつまむ。今は駄目。我慢。
「ほんとにいらねえの?」
そう言ったブン太の口の中にはすでにケーキが収められている。右手にはイチゴのショートケーキ、左手にはチョコレートケーキ。なんて贅沢なのだろう。
「いらない」
「今更ダイエットなんて無謀だぜい」
「うるさい」
口の周りにクリームをつけて、両手の指先にもクリームをいっぱいつけて、ケーキをもぐもぐ貪るブン太は悪態をつく口とは裏腹にとても幸せそうな表情だった。わたしのお腹が空腹を訴えるようにちいさくぐうと鳴る。
「わたしのぶんも食べていいよ」
「ラッキー!」
そう言って早くも空いた右手で、シュークリームを手にした。食べ物、とくに甘いものを食べているブン太は本当に幸せそうに笑う。見ているこっちまで幸せになる。というのはわたしも一緒にお菓子を食べているときだけ。今は憎らしくて仕方ない。体重を気にしないで食べれるのはうらやましい。お皿の上に残された最後のひとつのケーキは大好きなモンブラン。ああ、おいしそう。
「ブン太も太ればいいのに」
「テニス部の練習なめんなよ」
「部活とかずるい」
「お前も運動しろよ」
「いや!楽して痩せたい!」
「甘いもの我慢するほうが地獄だろい」
「確かに」
ブン太が珍しくもっともなことを言ったのでわたしの右手はテーブルの上に置いてあったフォークへと延びている。だけど、だけど。最近急に増えた体重、お腹のお肉、太い脚はどうするの?欲望との戦いだ。
「ううんどうしよう」
右手にフォークを握りしめて唸るわたしを見てブン太が笑う。
「モンブランはお前が食うと思ったから買ってきたのに」
「え!4分の3は自分で食べるつもりだったの?」
「当たり前だろい」
「その貪欲さがうらやましい」
「欲望には正直になれって」
まったく、ブン太には乙女心がなんにもわかっていない。わたしがなんでどうして誰のためにダイエットして痩せて可愛くなりたいか、ブン太はわかってない。そんなこと解られたら恥ずかしくて死ぬけど。
ブン太が生クリームのついた指のまま、モンブランを掴み取る。迷っているうちに結局ブン太に食べられちゃった、それならやっぱり食べればよかった。なんて思っていたら、ブン太の手の中のモンブランはわたしの口へと近づいてくる。「あーん」という言葉に素直に従って大きく口を開けると、加減を知らないブン太がわたしの口へモンブランを詰め込むように入れた。
ひとくち食べれば甘すぎない甘さが口に広がる、しあわせだ。
「ダイエットなんてしなくても、今のお前可愛いよ」
煩悩モンブラン
20120415/ひつじとお菓子の絵本様に提出