甘やかな罪と罰


「全てあなたが悪いんですよ、アリスさん」

 アルフォンスのそれは罪人を咎める口調なのに、甘く粘るような響きを持っていた。責任を追及しているというには優しく、非難というには柔らかすぎる音色で彼は続けた。
 
「あなたのせいで毎夜、名前も素性も知らない不特定多数と自堕落に性を貪り、つまらない日々を怠惰に消費し、気まぐれに死のうと思っていた人生が台無しになりました」
「アルフォンスさん、」
「今ではアリスさんだけを求めて貪り、一日を大切に尊びながら消費し、生きることが心から楽しいと感じるようになってしまいました。私の人生、アリスさんに狂わされたんです」

 罪状を愛しそうに述べ、被害を嬉しそうに訴える。アルフォンスは黒手袋に包まれた指先を伸ばし、アリスの唇を優しく責めるように撫でている。蕩けた糾弾をしてくる恋人にアリスは唇を緩まながら、問う。

「アルフォンスさんは、私に狂わされた人生は嫌ですか?」
「いいえ? この上ない喜劇で、愉快なエンターテインメントになったので好きですよ」
「じゃあ、良かったじゃないですか」
「ええ。ですが、私の人生を狂わせたのは事実ですから……罰として、とっても愉しくて気持ち良いことをしようかと」

 軽口を囁きながら、服の隙間から不埒な指先を潜り込ませていく。戯れるように唇を触れ合わせていると、その手慣れた様子にアリスは少し揺ぎ、押し黙っていた。アルフォンスは一旦唇を離し、その訳を聞いた。

「おや、どうしました?」
「……いえ。アルフォンスさんにこれを教えた女性(ひと)がいたんだと思うと、今更ながら妬けます……」
「あっは!可愛らしい嫉妬ですね。そんなことを考える余裕を、今から無くして差し上げますよ」

 いじらしい嫉妬をする表情も、余裕なく自分を求めて欲情している表情も。アルフォンスはそういったアリスの女としての表情が、たまらなく好きだった。強い愛着すら抱いてしまうほどに。
 恋人を可愛がりつつ、アルフォンスは常日頃から抱いていた疑問を投げかけた。

「そういえばアリスさんは、私の夜遊びを咎めませんね。何故ですか?」
「アルフォンスさんを信頼してるからです」
「恋人とはいえ、不実とインモラルをこよなく好む男を?……お人好しが過ぎますよ、あなたは」

 露悪的な表情を見せる恋人に、アリスは微笑んだ。

「だって、夜遊びと言いつつ、能力を使って幻を見せに行ってるんでしょう?病気や愛する人と別れて苦しんでいる人たちに、一時でも安らぎを与えるために……だから、私はアルフォンスさんの『夜遊び』は黙認するんです。これからも、ずっと」

 信頼しているからこそ、咎めない。理解しているからこそ、優しく黙認している。愛情に満ちた真っ直ぐすぎる答え。それはアルフォンスの不埒な挙動を止めるには、充分な破壊力があった。

「掃き溜めで生まれ育ち、他人からの信頼などクソ食らえと思って生きてきたのに、……アリスさんのせいで本当に台無しです。あなたからの信頼が今は、心から嬉しいと感じるほどに」

 アリスから与えられる愛情というものが、ひとりの男のあらゆる価値観を塗り変え、退屈でしかなかった現実が幸せな現実へと認識を置き換えられてしまった。
 生きる理由や執着を与えてくれた恋人を、アルフォンスは優しく糾弾していく。罪が深いと甘く咎め、罰を与えたいと愛しそうに嘯いた。

「アリスさんのように罪深い恋人には、やはり罰を与えないといけませんね。気持ち良いことを身体の隅々までたーっぷり教えられて、私から二度と離れられなくなる……そんな罰を受けるといいですよ」
「ふふ、アルフォンスさんの人生を狂わせてしまった罪として、その罰は謹んで受けさせて頂きますね」

 甘やかな断罪と懲罰が、幸せに成されていく。幻ではない、愛情に満ちた現実を恋人たちは貪った。時を忘れたように、何度も。



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