看病される話


 季節の変わり目に、風邪を引いてしまった。
 内側から熱に灼かれ、炙られるような感触。一方で背筋は氷塊を落とされたかのように、寒気が一向に止まらない。まるで灼熱と氷結が延々と続く地獄に堕とされてしまったとさえ思う。
 ベッドで寝たきりになって苦しんでいると、誰かが扉のノック音と共に部屋に入室してきた。規則正しく革靴が擦れる音に、煙草と甘いムスクの匂い。それだけで誰が入ってきたのかは、すぐに分かった。

「邪魔すんで。……思っとったより、重症やな」
「え?…ジュードさ、ん……?」

 掠れきった情けない声が出た。視界に入ったのは密かに想いを寄せているジュードさんだ。冷艶という言葉が似合うきれいな顔に、傲然とした雰囲気をまとっている。

「お前、今日調子悪そうやったし。ヤブ医者が任務でおらんから、代わりに仕事休んで様子見に来ただけや」

 淡々とぶっきらぼうな口調でそう言う。彼なりに心配してくれてるのが嬉しい。けれど貿易会社の仕事もあるのに、わざわざ休んで来てくれたと思うと申し訳ない気持ちになった。
 ジュードさんはベッドの近くにある椅子に腰掛けたかと思うと、私の額にそっと手のひらで触れてきた。

「……!」
「チッ、熱も高いな。勝手に病魔に嬲られよって……」

 不機嫌そうに眉根を歪めた表情とは裏腹に、額を撫でる手つきは気遣うように優しい。好きな人に急に触れられて、嬉しさと緊張でどうにかなりそうだった。

「弱った顔を眺めとるのも悪ないけど、看病したる」
「……ありがとう、ございます……」
「貸しにしといたるわ、お姫様。薬はもう飲んだんか?」
「はい、先ほど飲みました……」
「さよか。なら、汗拭いて眠った方がええわ」

 いつもの傲然とした雰囲気はそのままに、ジュードさんは丁寧に看病してくれた。タオルで額や首元の汗を拭ってくれたり、次に起きた時に食べる予定の軽食も手際良く準備してくれている。意外と世話焼きなのかもしれない、と唇が緩む。
 傲慢で意地悪にからかってくる普段の様子を知ってるだけに、そのギャップが愛しいとさえ感じてしまう。風邪じゃない、温かな熱に頬がさらに火照ってきた。

「……ジュードさん、一つお願いしていいですか?」
「ええけど、何や」

 熱に侵されているせいか、いつもより大胆でわがままになってると我ながら思う。だから普段なら言い出せないことを、ジュードさんにお願いしてしまった。

「手、繋いでてくれませんか?ほんの少しの間でいいので……」
「人肌恋しくなったんか?」
「………はい、」
「は、お子様やな。ええけど」

 すると左手に、ひんやりとした感触が伝わってきた。男らしく骨張った五指のすべてを使って、恋人繋ぎされている。ジュードさんの体温が心地良くて、さらに頬が熱を持つ。

「他にして欲しいこと、ないんか?」
「はい……ジュードさんがこうしてくれるだけで、嬉しいです」
「……健気なお姫様やな。暫くこのままにしといたるわ」

 柔らかな響きと一緒に、繋いだ手に少しだけ力が込められる。体調はすこぶる悪いというのに、胸は多幸感でいっぱいだ。恋心を寄せる人にこんなに親切にされたら、さらに深い想いを抱いてしまう。
 
「ジュードさん、看病ありがとうございます。……嬉しいです」
「元気になったら貸しの分、こき使って返済させたるからな」
「ふふ、もちろんです。……頑張り、ます……」
「はいはい。……もう寝た方がええな。手伝ったるわ」

 そう答えると、ジュードさんが空いた片手で額の上にあるタオルを外す。不思議に思った瞬間、手のひらが額にそっと触れた。
 ジュードさんは茨姫・13番目の魔法使いの呪いつきで『意識して額に触れた相手を眠らせる』という能力を持っている。能力が発動したと感じた瞬間、強い睡眠欲求を感じ、意識が優しい暗闇へと陥落していく。
 深い眠りに落ちると感じた瞬間、声を聞いた。それは、この上なく優しい響きを持っていた。

「治るまでここで看といたるから。今はゆっくり眠っとき、アリス」



 夜明け前に目が覚めた。まだ気怠いけれど、身体中を侵していた熱はすっかりなくなっていた。体温計を測ろうと身体を動かそうとした時、繋いだままの手の感触に気付く。
 
「ジュードさん、一晩中いてくれたんですね。……ありがとうございます」

 片手を繋いだまま、律儀に一晩中看てくれていたジュードさんが愛しい。傲慢で無慈悲な言動が多いけれど、本質はとても世話焼きで優しい人なんだと思う。それを本人に直接伝えたら、皮肉や意地悪を返されてしまうけれど。
 身体を少しだけ起こして、繋いでない方の手で寝ているジュードさんの頬に触れる。温かい皮膚の感触が伝わってきて、ずっとこのまま触れていたいとさえ思う。自分でも驚くほど素直な言葉が、口から溢れた。

「ジュードさん、……私、ジュードさんが好きです。いつも意地悪なことばかり言うけど、本当は優しいあなたが……大好きです」

 心からの告白だった。寝ているからこそ、伝えられた言葉だ。こんなにも人に対して愛しさが溢れて止まらなくなる体験は、生まれて初めてだった。
 幸せな気分に浸っていると、不意に触れた手に力が込められた。

「……朝早くに情熱的に告白されるとは、思うとらんかったわ。お早う」
「!……えっと、起きてたんですね。おはようございます、」

 まさか、起きていたとは思わなかった。皮肉そうに口もとが緩められていて、上機嫌な様子だった。まるで取引相手の弱味を完全に握った時のような、そんな悪い表情をしている。

「元々睡眠が浅いからな。体調は良くなったんか?」
「はい!おかげさまで大分良くなりました。ありがとうございます」
「さよか。……なら、ええわ」

 体調の心配をしてくれた後、ジュードさんはさらに笑みを深くする。獰悪で飛び込んできた獲物を逃さない、捕食者の品格すらあった。

「朝からお姫様のええ弱みが握れたから、看病するのも悪ないな。これから、どうしたろかな」
「あの、さっきの言葉は無かったことに……!」
「は?出来るわけないやろ。人の返事も聞かん内に、自己完結で終わらせんなや」
 
 もうすっかり、ジュードさんのペースだ。病み上がりのせいか、煙草と甘いムスクが濃く匂うように感じられた。ジュードさんは微熱と汗が残る私の手を取って、静かに口付けした。この時の柔らかな唇の感触は、きっと一生忘れられないと思う。

「これが俺の答えや。俺の看病代は高くつくからな。……一生傍に居って、返済してもらわんと割に合わんわ」

 意地でも好きだとか愛してるだとか、愛の言葉を簡単に言わないところが彼らしい。熱が再び身体の内側から溢れて、沸騰していく。この熱の正体が風邪じゃないのは、もうとっくに分かりきっていた。



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