この世で一番美しいもの


 エルバート様は美しい。
 絶世の美貌を持つ貴公子、この世で最も秀麗な芸術品と社交界で絶賛されるのも、心から頷いてしまう。
 柔らかなブロンドヘア、深閑な湖面のように深い青の瞳。静かに瞼を伏せた姿は、まるで精緻なビスクドールのようだ。
 彼は常に美しいものを蒐集している。絵画や骨董品、標本からぬいぐるみまで節操がない。今、私とエルバート様は休日に花畑へ来ていて、そこでもその蒐集癖は発揮されていた。

「アリス。これは美しい?」

 彼は物を見つけては、私や幼馴染のアルフォンスさんにそう聞く。『これが自分が求めている最も美しいものか、自分には分からないから』という理由で。
 あれほど輝くような美しさを持ちながら、矛盾するように美の価値観には疎い。それに彼の蒐集癖はもっと強欲かつ病的で、薄暗く深い執着を感じさせるものだった。
 でも今はそれが幾分か、柔らいだような気がする。塑像のように冷たい表情をすることが多かったのに、笑顔が増えてきたように思う。

「エルバート様。その花は美しいですけど、集めて花冠にしたらもっと美しい気がします」
「そう。ありがとう、試してみるよ」

 花畑の中心で、純粋で無垢な少年のように笑うエルバート様が愛しくてたまらなくなる。穏やかな午後の陽射しの中、ずっとこのまま一緒にいて、話していたいとさえ考えてしまう。

「花冠が出来たら、アリスに飾りたい。……きっと、それが一番良い気がする」
「じゃあ、私も花冠を作ります。お互いに交換しませんか?」

 提案すると、エルバート様は驚いたように目を見開いた。それは深閑な湖の水面に、さざなみが広がったような情景を思わせる。こういう些細な表情も綺麗だと心から思うのも、惚れた弱味なんだと実感してしまう。

「いいよ。……嬉しいな。今までで一番のものを作る気になった」

 エルバート様は嬉しそうに花をたぐり寄せ、器用に花冠を作っていく。その手つきは楽しみながらも真剣で、なんだか可愛らしい。

「アリスが作った花冠は最先端の保存措置をした後、完璧な標本にして、部屋にずっと飾ろうと思う」
「ふふ、エルバート様でも冗談を言うんですね」
「?……俺は本気のつもりだけど」

 彼の『美しい物を集める』という蒐集癖は健在で、しかも標本化するのは冗談ではないらしい。天然で真面目に言い放つ姿を幼馴染のアルフォンスさんが見たら、きっと「惚気も大概にしてくださいよ」と笑われるにちがいない。

「俺は美の価値観には疎いけど、アリスと過ごす日々が一番美しいものだと思う」
「私も、同じ気持ちです。エルバート様といる時が幸せで尊くて、たまらなくなります」
「そう。……アリスが嬉しいことばかり言ってくれるから、困ったな」

 完成した花冠を早々に置いて、エルバート様は私を抱きしめた。力加減はしてくれているものの、衝動的で、何より触れられた箇所がたまらなく熱い。穏やかな花冠の交換よりも、今は彼に真摯に求めてくれていることが、どうしようもなく嬉しくて仕方なかった。

「俺は強欲だから、花冠だけじゃ足りなくなると思う。……今日もアリスが欲しくてたまらなくなる」
「知ってます。その貪欲な蒐集癖や強欲さも含めて、エルバート様の全部が好きですから」

 最愛の人に抱きしめられて、愛を込めた言葉をお互いに注ぎ合える幸せ。世の中には美しいものはたくさんあるけれど、エルバート様と共有する幸せが、この世で一番美しくかけがえのないものだと心から思った。



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