嫉妬と堕落


 茨姫・13番目の魔法使いの呪いつきの特徴は傲慢、無慈悲、復讐心の強さ。
 とりわけ復讐心の強さというものは、自身の人生に業火のように纏わりつき、離れられないものだとジュードは考えている。
 自身の胸に猛火が激しく盛る感触、眉根が険しくなり、言動は荒くなる。制御できる沸点はそう高くないことも自覚している。誰かを手酷く嬲られずにはいられない嗜虐心にも、簡単に引火する。純粋で暴力的な怒りは、内側から自身をも舐め尽くす炎のようなものだ。

「誰や?さっきの男。随分と親しげな雰囲気やったけど」

 人気がまるでない壁際に追い詰めてからの尋問は、アジアの某島国でいう極道筋(ヤクザ)めいた貫禄すらあった。尋問されている恋人のアリスはすっかり驚いている上に、顔色を青褪めさせている。
 傲然たる怒りに、どこか不穏な色香さえ感じさせるジュードの嫉妬に満ちた男の表情。アリスは当人には口が裂けても言えないが、それを魅力的に感じていた。
 秀麗な顔立ちの持ち主が怒ると迫力も恐怖も増すのに、獰猛で美しい獣を前にしているかのごとく、鑑賞したくなるらしい。アリスが呑気に見惚れて返答しかねていると、ジュードは更に怒りを倍加させた。

「人の顔をジロジロ見る余裕はあるんやな。……耳付いとるんか?飾りなん?お前のここは」
「……っ!」
「さっさと答えろや。親しげに一緒にいたあの男は、誰かって聞いてるんやけど」

 ジュードは呪いつきの性質もあって、嫉妬深いという気質があった。恋人のアリスが過去の男と接触したとあらば、灼熱地獄すら生温いと感じてしまうほどの怒りを吐露するだろう。
 嘘などつけるはずがない。アリスは素直に観念し、洗いざらい話していく。

「……と、です」
「あァ?そーんなちっさい声じゃ、よう聞こえへんわ。腹から声出してもらえます?」
「だから!弟です!!毎回会う度にハグしてくる陽キャです!今日だって、ジュードさんのお誕生日プレゼントを一緒に見に行ってて……!色々たくさん荷物持ってもらってたんです!!」

 アリスはダメ押しと言わんばかりにバッグから一枚の家族写真を、ジュードの前に勢いよく突き出した。先ほど恋人と同行していた男は人懐っこい笑みのまま、ピースをしている。よくよく見れば雰囲気こそ違うが、顔のパーツが類似していることにジュードは気付かされた。

「ジュードさん。不安にさせて、ごめんなさい。大切な誕生日プレゼントだからサプライズしたかったし、内緒で選びたかったので……今度から、ちゃんと一緒に行く人を事前に言いますね」

 先ほどまで詰られ、嬲られていた立場だというのにアリスは怒れる恋人の勘違いを咎めなかった。そして優しく、そっと背中を抱きしめる。無慈悲の権化のような男に対して、慈悲深さに満ちた行動だった。
 ジュードは優しさに満ちた抱擁に、自身の猛火が鎮まっていくのを感じていた。アリスは裏切った訳ではなかったという安堵から、普段の彼からは想像できない慎ましい言葉が紡がれた。
 
「はー……今回は俺が悪かったわ」
「ジュードさん、……良かったです。誤解が解けて」

 和平を告げるような温かな抱擁に、アリスも胸をほっと撫で下ろした。戦火で炙られる前に平和になってよかったと彼女が感じた瞬間、ジュードは爆撃を開始した。実に愉しげに。

「それとは別に、恋人を不安にさせた貸しは返済してもらうからな」
「……えっ、」
「当然やろ。ちゃんと釈明できたんはいい子やって褒めたるわ。けど誤解を招く行動を取って、俺を嫉妬させたお姫様が悪いんちゃいます?」
「そんな横暴な……っ、」

 嗜虐的な笑みに、アリスはそのまま唇を攫われてしまう。傲慢にリードするようでいて、甘やかすような緩急をつけたキス。舌根をゆっくり舌先で撫でられ、愛される。踏んできた場数が圧倒的に違うと分からせられる、色香に満ちた応酬に、アリスは抵抗すら出来ずに蕩かされた。
 淫らな交歓は続き、やがて味わい尽くして満足したかのように唇がそっと離される。アリスは傲慢なのに憎みきれないこの恋人に、せめてもの抵抗で睨みつけた。

「意地張って睨んできよるところは、悪ないな。子猫が威嚇するみたいやし、構いたくなるわ」
「そんな、意地が悪い……です、」
「お姫様が機嫌直してくれへんなら、こうやって気の済むまで唇塞いだる」

 今度は五指すべてを使い、片手で恋人繋ぎしながら口付けを交わしていく。言葉でもキスでも甘く嬲られ、アリスはとことん掌の上で転がされていると強く感じていた。きっとこれが惚れた弱味なのだろうと、優しい交歓に絆されていく。

「ん、ジュードさん、機嫌直りましたから……、キスもういいです、」
「へえ? アリスはそれで満足なん?」
「いいえ。ジュードさんがもっと欲しくなったので……責任、取ってください」

 ジュードの胸にあった嫉妬の猛火は、すでに跡形もない。在るのは目の前の蕩けた恋人を甘く嬲り、身も心も堕落させたいという、罪深い欲望だけだった。

「ええよ。……虐め甲斐があって可愛いわ」




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