目印


※公式のコラボネタで孔雀要素を含みます。


 私はS動物園の飼育員をしています。この動物園には、個性豊かな動物がたくさん暮らしています。そのなかでも一番の人気を誇るのは、ある一羽のオスの孔雀でした。
 名前は愛抱夢といい、かなり人慣れした賢い孔雀です。冠羽は王冠を戴いているかのような威厳があり、その飾り羽は非常に美しいピーコックブルーの光沢、例えるなら華やかな艶がありました。彼はいつも優雅かつ堂々とした足取りで、観客の皆さまや私たち飼育員の前に姿を現します。
 求愛シーズンの時は、その綺麗な飾り羽を人々の前で広げ続けるほど、愛抱夢はサービス精神が旺盛でした。

「とても賢いのね。こちらに来て、挨拶してくれたわ」
「スマホを向けたら豪華な飾り羽を広げてくれるし、アイドルみたい」
「息子と一緒に来ました。もうすっかり私たちは愛抱夢くんのファンです」

 愛抱夢は観客の皆さんに愛されていましたが、孔雀のメスたちからも大層好かれていました。彼女たちは愛抱夢に群がり、愛を乞うように甘えた鳴き声を出していました。
 ところが愛抱夢は全然メスたちに飾り羽を広げませんでした。観客の皆さんには何度も披露していたというのに、まったく求愛行動をしないんです。
 『オスの孔雀は恋に敏感な生き物で、本当に惹かれたメスにしかアプローチしない』という学説もあるくらいです。私はその類だと考えていました。

「おかしいな。観客の皆さまにはサービスとはいえ、熱心に飾り羽を広げているのに」
「お気に召すメスがいないんでしょうか」
「心配ですね。愛抱夢は連日、休まずに観客の皆さまと接しているから……ストレスが原因で求愛しないことも考えられますね」

 愛抱夢は番いを求めないのかと飼育員の皆で心配していた時、他の動物園からメスの孔雀がやってきました。
 濡羽色が混じった茶色の羽をしていて、右側の羽には色素が一部落ちてるのか、まるでハートが描いてあるような白い模様がありました。
 このメスの孔雀は飼育員の我々にもすぐ懐きましたし、とてもいい子なんです。それに仲間想いで勇敢でした。
 ある日、愛抱夢が散歩をしていて長い尾羽を飼育柵にひっかけてしまった時があります。普段、愛抱夢に群がっていたメスの孔雀たちは自分たちの羽が傷ついてしまうのを恐れたのか、この時ばかりは一切近づきませんでした。

「これは大変だ。早く助けてあげないと」

 愛抱夢の悲痛な鳴き声が聞こえてきました。私たち飼育員が急いで道具を用意して向かった時、右羽にハート模様があるメスの孔雀が自らの身を危険に晒しても、真っ先に助けていました。
 後から来た飼育員の私たちも加勢し、懸命な救助活動が続けられました。やがて愛抱夢は飼育柵から、尾羽を完全に解放することに成功しました。
 この事件以降、愛抱夢は助けてくれたメスの孔雀に大層惚れ込んだのでしょう。助けてもらった日から毎日、飾り羽を広げて求愛行動をするほどです。
 彼はその子のハート模様がある右羽に向かってよく鳴いていたので、きっと「素敵だ」と口説いてたんでしょうね。

「愛抱夢の番いだから、イブという名前にしよう」

 メスの孔雀は愛抱夢の奥さんになるので『イブ』と名付けられました。二羽は番いになった後も、とても仲睦まじく暮らしました。
 孔雀は基本的に一夫多妻制ですが、愛抱夢はイブ以外のメスの孔雀を生涯娶らなかったんです。それだけ二羽は運命の番いであり、強い絆で結ばれていたんでしょう。



 名前は生まれつき、右手の甲にアザがあった。脱色したような白いそれは3センチほどで、ハートのような形をしている。娘の先天的なアザについて、両親は特に気にせず可愛らしいと褒め、惜しみなく愛を注いで育てた。
 彼女はこうして両親の愛をたっぷり受けて育ったため、とても人懐っこく親切な性格をしていた。困っている人間を放っておけない性分であり、本日は公園で落とし物をした男性を手伝っていた。そして時間はかかったものの、無事に落とし物を探し出した。

「ありがとう。助かったよ」
「どういたしまして。見つかって良かったです」

 名前が会釈をして去ろうとした時、男性は彼女の右手にあるハート形のアザに気付いた。猫のように瞳孔をほそめ、心から納得したかのように微笑んだ。

「君にわかりやすい目印があって良かった」

 その男性は変装していたが、沖縄では有名な国会議員である神道愛之介だった。愛之介と名前は連絡先を交換し、次第に交流を深めていった。
 名前に会う度、愛之介は惜しみなく愛の言葉を囁いた。まるでオスの孔雀が飾り羽を広げ、毎日求愛するかのように。
 彼らはついに恋仲になり、S動物園で初めてデートをすることになった。この動物園で最も人気を誇るオスの孔雀は『愛抱夢』と呼ばれ、その番いのメスには『イブ』と代々名付けられていた。
 彼女は既視感を強く感じた。鳥科の美しいカップルは仲睦まじく寄り添い、飼育柵のなかで楽園を築いているかのような愛に満ちた雰囲気を醸している。
 やがてオスの孔雀がメスに向かって鳴いた。どこか甘えるような鳴き声だった。愛之介は仲睦まじい彼らに倣うように名前に寄り添う。そして右手のアザを愛おしそうに指先で撫でながら、甘やかに囁いた。

「素敵だ。……僕にはオスの孔雀がそう言っているように聞こえるよ。かつて、君を口説いた時のように」



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -