LOVE NOTE


※漫画『DEATH N○TE』パロディ。
※無駄に手の込んだ、無駄な頭脳戦などの要素を含みます。


 愛の暴帝。新世界の神。その者は『愛抱夢』と名乗り、世界中に混乱をもたらした。人は名前と顔を知られただけで愛抱夢を崇拝し、たちまち身も心を差し出して愛した。愛抱夢を愛するあまり、円満な人間関係がことごとく壊れてしまうため、日本の社会は混乱を極めた。
 この事態に米国は少数精鋭のFBI潜入捜査官を派遣し、沖縄に潜入させた。愛抱夢の正体を探ろうとしたが、結果は惨敗。捜査官全員が愛抱夢を愛し、信奉者となってしまった。
 一連の事件に世界一の探偵である名字こと、名前が遂に立ち上がった。沖縄県警が発足した『愛抱夢対策本部』の少数メンバー。彼らと共に愛抱夢を逮捕すべく、共同体制で立ち向かった。

「『連続求愛事件』。愛抱夢は名前と顔だけで、人に自らを愛させる。これは純然たる事実です」

 名前はフォンダンショコラを指の端で摘みながら、そう断言した。彼女は人前では『名字』と名乗っているがこれは偽名である。また日本三代探偵とされる『コナン』『一(はじめ)』『L』は、すべて彼女が使っている偽名だ。名前にとって真実はいつも一つであり、名探偵と呼ばれたじっちゃんの名にかけて、正義は必ず勝つのである。

「実に恐ろしいですね、この事件は」
「名前と顔を知られただけで、見知らぬ人を愛してしまうなんて……未だに信じられません」
「一刻も早くホシ(容疑者)を挙げたいですね」
「そうだ、名字さんと我々にしか逮捕できないんだ。全力を尽くそう!」

 『愛抱夢捜査本部』の捜査官たちは奮起していた。そのメンバーのなかでひとりだけ捜査官ではなく、特別協力している者がいた。その名は神道愛之介といい、現役の国会議員である。
 名前は彼を愛抱夢ではないかと疑っていた。かなりリスキーだが、捜査本部という自らの懐に招くことで捜査官たちの安全と犯人である証拠を掴もうとしていた。

「私は神道さんこそが、愛抱夢ではないかと疑っています。5パーセントほどですが」
「世界一の探偵にそう疑われるのは、とても恐ろしいな。肝が冷えてしまうよ」

 愛之介は口もとをたっぷり緩め、微笑む。対有権者用の完璧な笑顔だ。名前は最初から、その笑顔や言動の完璧さが妙にひっかかっていた。若手ながら実力派の政治家であり、沖縄だけではなく全国区にその名を知られている有名人。有権者による好感度はかなり高く、『いずれは総理に』との期待の声も多い。
 人々から圧倒的な支持を受け、愛されるほどの国民的人気が必要な職業。日本に極秘裏に潜入したFBI捜査官たちを全員始末できる頭脳と情報網、そして何より『愛』をキャッチコピーとしているかのような人物像が、名前のプロファイリングと合致していた。

「愛抱夢は非常に頭が切れる、負けず嫌いな知能犯です。私が報道で沖縄にいると特定してからは、沖縄でしか犯行を重ねていない。『愛』というものに強いこだわりがあり、『人に愛されて構われたい』という欲求が強く感じられます。それに関しては無垢な子どものようなイメージがあります」

 私見を述べながら、名前はフォンダンショコラを口にしていく。舌先で甘く蕩けるチョコレートは集中力の質を高め、頭脳の働きを向上させていく。

「犯人は裕福な子どもということかな?」
「『裕福な子どもの面影を残したまま育った大人』というイメージです。派手な犯行のメッセージや、華美な挑戦状を私宛てに挑発的に送ってくる。手際の良さと証拠を一切残さない悪辣さが、政治家らしいと感じました」
「なるほど。君はどうしても僕を愛抱夢だと断定したいらしい」
「神道さんが愛抱夢である可能性は、今のところ5パーセントです。証拠はありません。しかし私は、確実にあなただと考えています」

 疑惑と余裕の視線が、空中で交差する。硬質の冷気と炎気が衝突しているかのようだった。捜査官たちは探偵と議員の間に入ることができず、ただ静観することしかできない。彼らの会話は水面下で相手への致命傷となる一打を、徹底的に探り合っていることにひとしかった。

「とはいえ、神道さんは私の大切な友人です。あなたが愛抱夢だと信じたくない気持ちも強くあります」
「それは嬉しいな。できれば、その気持ちを強く持ってほしいが」

 戯れの唇は軽やかだ。愛之介はフォンダンショコラを摘み、上品に食べていく。最高級の職人が作った菓子を舌先で楽しむように転がし、世界一の探偵さえも転がしていく。
 名前は懐からハンカチを取り出し、菓子を食べ終えた愛之介の口もとを優しく拭った。唇の端に彩りを添えていたガナッシュチョコレートが拭われ、彼は嬉しそうに礼を告げる。

「ありがとう」
「どうしたしまして」

 甘やかな雰囲気になりかけたが、名前は早々に本日の捜査終了を宣言した。これ以上の進展は今日は見込めないだろうと判断した、賢明な引き際だった。

「……本日の捜査はここまでにしましょう。皆さん、お疲れさまでした」



 人間界にもたらされた一冊の華美なノート。
 その名は『ラブノート』という。サイズは横向きのA4に近く、スケートボードを半分に折ったような形状をしている。表紙は黒地がベースだが、二対の剣(エストック)に左右から突き刺された深紅の心臓、肋骨の絵が描かれている。
 このノートに人の名前を書くと、そのノートの所有者を無条件で愛してしまう。名前の下には詳細な愛の原因(死因)を書くことができ、愛に至るまでの行動も操れるのである。
 現在、このラブノートの所有者は神道愛之介となっている。彼こそ世間で騒がれている『連続求愛事件』の犯人、愛抱夢の正体だった。

「ああ、……今日もたくさんの方が僕を愛してくれた」

 愛之介は自室でノートを眺め、うっとりと指先で愛撫していく。紙面上には人名が隙間なく書かれ、上品だが狂気を感じさせる筆致をしていた。

「でも、僕が本当に欲しい愛は手に入らない。名字、僕は君の本名が知りたくてたまらない」

 夢想するのは世界一の探偵こと名字だった。名字は愛抱夢が沖縄に潜伏していることをすぐに突き止めた。そして数少ない情報から、すぐれた観察力と推理力を発揮して愛之介を第一容疑者として挙げた。
 類稀な頭脳と正義感、素直に自分だけを追ってきてくれる真剣さ。愛之介はいつの間にか、彼女を熱烈に愛してしまっていた。偽名でなく本名を知りたいと切望するほどに。

「差し出がましいことを申します。私と取引をして頂ければ、お名前は顔を見ただけですぐに判明します」

 取引を告げたのは、秘書風のスーツを着た男だった。彼はスネークといい、ラブノートの元所有者にして死神である。彼はあまりにも日常が退屈だったため、人間界にラブノートを落とした。それは知恵の実を落として、アダムたちを堕落させた楽園の蛇のごとき所業。彼はいわばすべての元凶ともいえる存在だった。
 愛之介はつまらない見世物を観させられたような表情となり、冷たく一蹴した。

「……差し出がましいな、犬のくせに。そんな安直に名前を知ったところでつまらないだろう。しかもその取引の代償は寿命の半分だ。僕は応じるつもりはない」
「申し訳ありません」

 スネークは忠実な犬のように謝罪し、言葉を控えていく。死神でいながら人間である愛之介にすっかり首輪をつけられ、飼い慣らされているかのようだった。
 愛之介は飼い犬の魅惑的な取引よりも、愛する女への夢想に熱中していく。

「ああ、名字。君だけだ。……君だけが、僕を壊せる。愛してくれる」

 熱病を患ったかのような吐息だ。愛之介の眼前にある巨大モニターには、名字こと名前が映し出されている。それはリアルタイムでの完全な隠し撮りだった。画面のなかの名前は夜遅くまで起きていて、捜査資料を真剣に眺めながら菓子を口にしている。
 その熱心な手つきは、愛抱夢を捕らえるため。
 その執念深く追いかける視線は、愛抱夢の息の根を確実に止めるため。
 愛之介はそう考え、さらに唇と心を甘く震わせた。
 こんなに自分を真摯に追いかけ、『愛そうとしてくれる人間』を未だ見たことがない。そう強く興奮しながら。

「名字、君が僕の正体を知るのが先か。それとも僕が君の本名を知るのが先か。ああ、僕たちの愛はなんて破滅的なんだろう」

 世界一の凶悪犯と世界一の探偵。衝突は避けられず、どちらかが破滅するまで止まらない。
 愛か破滅しかない関係性。真摯で尊い、されどゲームのような駆け引き。愛之介の興奮は、最高潮に達した。脳内に甘く描くのは、愛する女の名前を書くその瞬間。それは愛し、愛される瞬間に他ならない。
 愛之介は改めて宣言していく。世界的な凶悪犯、そして愛に狂える男として。

「さあ、始めようか。これは僕と君による、愛の物語だ」



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