令和ぽんこつタヌキ物語


※ファンタジーテイスト。ほのぼのコメディ。
※動物がナチュラルに喋ります。


 沖縄県の某山。ここでは動物たちによる、秘密の集会が行われていた。在来種から外来種、古参から新参まで集う大きな集会となっていた。

「おまえたちも知ってのとおり……この山は近々、人間たちのリゾート開発で切り崩される」

 長老然とした威厳で語り始めたのは、在来種であるヤンバルクイナである。彼がくちばしを軽く振ると、側近のハブとリュウキュウアオヘビが口や尾を使い、器用に資料を広げていく。そこには人間たちのリゾート開発プランがカラーのイメージ図で展開されており、集った面々は大いに嘆いた。

「首謀者はこの人間だ」

 長老のくちばしが、ある人間の顔写真の近くを突いた。優雅な微笑をたたえた顔写真の下には、『神道愛之介』と書かれている。それを見た外来種のインドクジャクが「なんだか僕に似ているな」と豪奢な飾り羽の手入れを念入りにしながら、つぶやいた。

「ど、どうしましょう……このままリゾート開発が進めば、住むところが失われてしまいます。怖いです……」

 蟹として世界最大の体格とハサミを持っているのに、かなり臆病な性格のヤシガニが発言した。ハサミをぶるぶると怯えたように震わせ、つぶらな瞳は人間たちへの恐怖に満ちている。その恐怖と不安が伝染したかのように、動物たちは暗い表情となる。

「案ずるな。今回は私の娘が、自ら身を張ってくれると申し出てくれた。血の繋がりこそないが、最も頼れる自慢の同志だよ」

 すると長老たるヤンバルクイナの後ろに控えていた、一匹のある動物が歩みを進めた。
 沖縄には元来生息していないはずの、タヌキである。イヌ科タヌキ属に分類される体格。モフモフとした体毛と犬に似た愛嬌のある顔つき、その表情は正義感と使命感に燃えていた。

「私は名前と申します。内地(本州)から来たタヌキです。両親は人間たちとの交通事故で亡くなり……長老に助けられ、ここまで育つことができました」

 名前の境遇を、西表島から来たイリオモテヤマネコの親子が涙ぐみながら聞いていた。自らの境遇と重ねたのか、身を寄せ合って鳴き始める。

「名前よ。人間たちのリゾート開発の阻止。この重要なお役目を引き受けてくれるか?」
「長老、お任せください。必ずやこの人間に動物の恐ろしさを知らしめ、リゾート開発を止めてみせます!」

 名前は勇ましい鳴き声を上げ、胸を張ってみせた。タヌキの鳴き声は子犬のようであるが、その鳴き声は動物たちを一気に鼓舞させた。

「私たち外来種の希望!頑張って!」
「在来種の俺たちも応援してるぞ!」
「どうか沖縄の山を救ってほしい!」
「なんか騙されやすそうだけど、本当に大丈夫なのか」
「タヌキは人間に骨抜きにされやすいと聞くぞ」

 一部で不安の声が次々に上がったが、出陣のための宴の喧騒に紛れていった。かくして小さな山の平和と運命は、一匹の雌タヌキに託された。



 絢爛な迎賓館を思わせる洋館、神道邸。愛之介は深夜に自室で書類整理をしていた。
 書類にはリゾート開発計画とあり、先月逮捕された高野議員が強引に進めていた計画である。貴重な在来動物たちがいる山をわざわざ切り崩すのは、賄賂で繋がった建設会社、開発業者に仕事を与えるためだった。愛之介はこの計画を即座に中止するよう、手を打った。
 来週の議会で使用する、秘書が作成したリゾート開発中止の書類。愛之介がそれらすべてに目を通し終えた時、規則正しいノック音が響いた。

「入れ」

 秘書の忠だと思い、彼は扉に視線を向けた。しかし部屋に来たのは思いもよらぬ闖入者だった。

「神道愛之介殿とお見受けしました。私は裏山のタヌキ、名前と申します。……うらめしや〜」

 白い三角巾を頭部につけた喋るタヌキが、なんだか怪しげな足つきで入ってきた。やたらキリッとした顔つきで、怖がらせようと愛之介に近寄ってくる。

「……疲れているな。喋るタヌキが近寄ってくる幻覚が見える」
「うらめしや!」
「語尾を強くされてもな。全然怖くない上に、ステレオタイプの幽霊を装っているのは面白いだけだ」

 すると喋るタヌキこと名前は、渾身の芸が通用しなかった芸人の顔となる。愛之介の足元から離れ、今度は扉から顔だけ覗かせて「葉っぱがいちま〜い、にま〜い」とつぶやき始めた。
 怖がらせようと、間違った方向性の努力を見せてくるイヌ科タヌキ属の生き物。愛之介は名前の真面目かつ真剣な様子が面白くなり、ツッコミを入れた。

「それは番町皿屋敷のパロディか?リテイクしても、面白いだけなんだが」
「!……お、覚えていなさい、人間め!あと!リゾート開発はやめてください!」

 捨て台詞を吐き、叱られた子犬のような鳴き声を上げながらも、しっかり扉を閉めて名前は出ていった。礼儀正しいタヌキである。

「……なんだ、あのちょっと面白いタヌキは」

 愛之介は疲れによる幻覚だと結論付けた。そもそも沖縄にタヌキは存在しないはずだからだ。犬によく似たつぶらな瞳とダークブラウンのモフモフした体毛。この夜、犬派の彼にとってタヌキはこっそり気になる存在となった。



 翌日の夜、またしても例の喋るタヌキこと名前は愛之介の前に現れた。鮮明な幻覚ではなく、実在する動物として。今回は人間の女性にしっかり化けていたが、タヌキの尻尾がそのまま残ってしまっていた。なんとか白装束姿で怖がらせようと頑張っていたが、愛之介は容赦なくダメ出しをしていく。

「全然、駄目だ。尻尾をしっかり隠せ」
「うっ……うらめしや〜」
「今度は耳が出ているぞ。もう、そのキャラ設定はやめろ。まったく怖くない」

 映画監督のように次々と指導していくと、名前は木の葉を落とし、元のタヌキの姿に戻ってしまった。その表情は今まで磨き上げてきた芸のすべてを否定されたような、悲壮な芸人のそれである。
 愛之介はしょぼくれた化けタヌキを犬を扱う時のように抱え、自らの膝元に置いた。そしてナチュラルに意思疎通ができる、天然でお茶目な動物の来訪目的を解明していく。

「名前と言ったな。目的は僕にリゾート開発を中止させるために、脅かしに来たといったところか」
「あっ、そうです。祟りみたいな感じで来ました」
「素直か」
「私は山の代表として来たんですよ。すごいでしょう」

 このタヌキ、実にあっさりと来訪目的を認めたのである。恐怖どころか愛嬌たっぷりのドヤ顔で。
 愛之介はリゾート開発は中止する予定だと、喉元まで出かかったが止めた。名前の素直さと触り心地、モフモフ感が気に入ったからである。

「一つ提案がある。僕を心から満足させることができたら、リゾート開発を中止しよう」
「ま、満足……?」
「ああ。最近、疲れていて癒しが欲しい。出来ないなら、この話はなかったことに」
「やる!やります!」

 丸味のある尻尾をぶんぶん振らし、タヌキなのに犬らしい反応を見せる名前。どうやら人間に恐ろしさを知らしめる当初のプランは、消し飛んでしまったらしい。
 愛之介は名前の毛並みを堪能したり、柴犬のほっぺをくすぐるようにぎゅっとしたり、肉球を摘んだりと、ちょっとしたアニマルセラピーを楽しんだ。

「よし。では明日も来い。僕が満足するまで、ずっとだ」
「はい!ありがとうございます」

 上手く誘導されたことに名前は気付かず、ペットのようにお手までさせられていた。人間の持つ狡猾さや悪意などがない、素直で善良すぎる性質。悪くいえば騙されやすくチョロい性格だが、愛之介は割と好きな方だった。
 こうして一人と一匹の不思議な交流が、改めてスタートした。



 数日が経った。愛之介は議会でリゾート開発中止を提案し、順調に多数で可決された。それを知らない名前は今日も愛之介の元に通い、モフられていた。
 尻尾を振ったり、鳴いてみたり。飼い犬ならぬ、飼いタヌキとなり、頑張って愛之介を満足させようと懸命な努力をしていた。

「今日こそは満足しましたか?」
「いや、駄目だな。この程度の触れあいでは、全然満足できない」

 まったくの嘘だが名前は気付かない。毎日、丁寧にボディーソープで洗われるうちに、全身がすっかり愛之介好みの匂いになってしまっていることも。
 今や名前は愛之介の癒し枠として、定着してしまった。自室で仕事している時にモフられ、秘書の忠や使用人にも愛之介のペットとして認識されていた。
 一方、山ではリゾート開発にまったく動きがないことや、看板が次々に撤去されたことから長老たちは大いに喜んでいた。

「これは名前が頑張ってリゾート開発を中止してくれたに違いない」
「一向に帰ってこないが、今も山のために尽力してくれているのだろう」

 動物たちは喜び、名前の大いなる活躍を存分に讃えた。実際は活躍らしい活躍は不発であり、人間に飼い慣らされ、モフられているだけである。
 月日は流れ、場面は神道邸へと変わる。名前は愛之介を満足させるべく、人間姿に変化して一緒にダンスをしたり、スケートボードをしていた。

「どうです?今度こそ、満足したでしょう」

 名前はやがて華も品もある人間の女として仕立て上げられ、愛之介好みの女となっていた。ペットのように愛らしく素直で、嫁のように慎ましく従順に愛してくれる。そんな女に。

「いいや、まだ満足できない。名前には一生をかけて、僕を満足させてもらおうか」

 狐ならぬ、狸(タヌキ)の嫁入りは秒読みである。
 一つのリゾート開発から始まった不思議な交流は、やがて一生にして愛あふれる交流となった。こうして一匹の雌タヌキを娶り、某山に棲まう動物たちを救った政治家はいつまでも幸せに暮らしたという。めでたし、めでたし。



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