議員カフェ


 議員カフェ、『エスケーエイ党』。このカフェでは現職の国会議員が合法的に接客している。完全予約制の喫茶店であり、特に接客サービスは非常に充実しているといえた。客は先輩議員という設定であり、基本的に『先生』と敬意を込めて呼ばれる。

「名字先生、お待ちしておりました。」

 愛想良く出迎えたのは、若手議員の神道愛之介だ。
 青藍色のスーツを長身に包んだ雄々しい美貌は、どこにいても存在感があって目立つ。彼はこの議員カフェにおいて、一年先まで予約が埋まっているほどの人気議員だ。従業員には彼のように接客をメインとする議員の他に、厨房担当や時間管理をする秘書がいる。

「……それでは、お時間までごゆっくりお楽しみくださいませ。」

 秘書の菊池が恭しく一礼し、退室する。来店した客は和室に通される。庭は涼しげな緑の坪庭となっており、高級料亭と変わらぬ景観となっている。石灯籠に鹿威し(ししおどし)といい、雅な日本らしさを演出している美しい庭だ。

「先生と会食するのは今回が初めてですね。僕はこの日が来るのを、とても楽しみにしていました。」

 愛之介はお品書きを広げながら、先輩議員を慕う後輩の表情となる。客である名前は微笑み返し、お品書きに目を通していく。
 食前のコーヒーには『甘党』『無党(無糖)』の記載がある。当選達磨というチョコレートの甘味は『先生の栄えある当選記念に』と美しい筆文字が添えられている。その一段下には、達磨にチョコレートで目を書くことが出来るサービスがあると書かれていた。
 このように『エスケーエイ党』では提供される品物すべてに、議員関係になぞらえたネーミングがされている。
 名前はお品書きを楽しそうに眺めていたが、不意に呟いた。

「どれも美味しそう。では……『君、例のモノは用意しているのかね?』」

 名前が聞くと、にこやかに愛之介は答えた。

「もちろんです、名字先生。今回は先生のために特別にご用意させていただきました。」

 愛之介は傍らの菓子折りの箱、その二重底から新たに裏帳簿(お品書き)を取り出した。黒い和紙に白の筆文字がシンプルに描かれ、上品かつ高級感のあるものだった。
 『君、例のモノは用意しているのかね?』と客が告げると、いわゆる裏メニューが注文できる。当然ながら出てくるのは表の品々と比べて、すこし不穏で後ろ暗い仕様になっている。

「僕のお勧めは、季節限定の和色ケーキと甘味湯茶です。ケーキは一切れまたは三切れ以外でしたら、注文できます。」

 お品書きに和色(賄賂)ケーキ、甘味湯茶(官民癒着)と書いてあるが気にしてはならない。
 ケーキが一切れや三切れを注文できないのは、いわゆる議員隠語が理由である。一切れとは人斬れで『離党させろ』、三切れは身斬れで『泥を被って切腹しろ』という意味になるからだ。縁起の良くない数字である一方、最終通告の意味でも使われる。
 名前はその理由を知っていたので、二セット注文した。

「では片方は神道議員に。一緒に食べましょう。」
「名字先生、ありがとうございます。ありがたく頂戴いたします。」

 裏メニュー注文は議員特有の密談感、甘い蜜を啜っている感が人気でもあった。他にも談合や収賄をモチーフにした品物や、夕餉限定の御食(汚職)コースまである。程なくして和色ケーキと甘味湯茶が届き、名前と愛之介は一緒に食事を楽しんだ。
 鹿威しが水を浴び、風流な音を奏でた。やがて竹筒が緩やかに上がっていく。名前はそれを湯茶を飲みながら、優しく眺めていた。

「そろそろ、時間でしょう。お会計を。」
「はい、先生。本日は名字先生のご相伴に与ることができて、大変光栄でした。ご馳走さまです。」
「こちらこそ。有意義な会食でした。」

 愛想良く握手を交わし、笑顔で終話。密談めいた会食を終えて、名前は会計を済ませた。和室の外で待機していた秘書の菊池は「おあがりなさいませ」と一礼する。
 名前は上機嫌で和室を後にする。こうして彼女は議員カフェでのひと時を大いに楽しんだ。



 場所は変わって、神道邸のサンルームである。議員カフェでの仕事を終えた愛之介は、妻に問い詰めた。

「名前。旧姓を使ってまで議員カフェに来るとは、一体どういう了見だ。」
「一度行ってみたくて。ふふ、あなたがどう接客してくれるのか興味があったんです。」

 神道夫人こと名前は、ちっとも悪びれてない顔である。旧姓を利用し、客として入店すれば愛之介は接客せざるを得ない。それを知った上で名前は入店した、いわゆる計画犯である。

「とても愛想が良くて、動揺を顔色に出さずに接客するのは流石プロだと思いました。」
「当然だろう。大物の『名字先生』には最大限、丁重に接したつもりだ。」

 身内への接客はそれなりの羞恥心を伴う。猫被りの甘やかな接客も、普段を知り尽くした相手には通用しないからだ。愛之介も例外ではなく、今回ばかりは気恥ずかしさがあった。まるで猫が気まぐれにそっぽを向く仕草をすると、名前は微苦笑を唇に乗せた。

「そんなに拗ねないで。接客してる愛之介さんは、とても素敵で惚れ直しましたから。」
「またそうやって……君は口が達者だから困るな。」
「あら、あなたほどではないですよ。」

 名前は微笑み、そっと身を寄せた。まるで密談を持ちかけるような距離で囁く。

「あなたと一緒に食べた和色ケーキ、とても美味しかったです。賄賂を受け取ったからには、精一杯働きますよ。」

 柔和に微笑む妻は、もしかしたら自分よりも議員に向いているのではないか。口が達者で、したたかで抜け目がない。この状況こそ、議員カフェの延長戦なのではないか。
 愛之介はそんなことを考え、苦笑した。妻の唇はどんな甘味よりも美味しいと感じながら。



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