愛煙家の嗜好


※事後及び性的な表現を含みます。


 神道はセックスの後で煙草を吸う習慣があった。バスローブ姿でソファーに座った彼は、気密性の高いシガーケースに保管している一本の煙草を取り出し、慣れた仕草で火を付けていく。ジッポの揺らめく炎は一瞬で消え、呼吸器官からゆるやかに煙を排出する。愛煙家の彼はお決まりの儀式のように一服し、充足した表情となる。
 名前はベッドにいながら、その一連の動作を眺めていた。

「煙草ってそんなに美味しい?」
「美味しいよ。仕事じゃ中々吸えない分、余計にね。」

 煙草を吸わない名前にとっては、理解が難しい娯楽だった。健康を害すると一般的に知られているものを肺に取り込み、精神を安定させるこの行為。名前はしばらく恋人の喫煙シーンを見ているだけだったが、自らもバスローブを着て、神道の隣へと座った。

「珍しいね。煙草は嫌いじゃなかったかな?」
「苦手だけど、愛之介さんが吸ってる姿を見るのは好きだから。」
「それは初耳だね。」

 環境委員会で代表者答弁を務め、受動喫煙防止策を提唱した男の口から、楽しげに煙が吐き出された。それを不適切だと批難する者は、この場にはいない。
 名前は神道の肩に寄り添い、バスローブへと手を緩く差し込んだ。精悍な筋肉のうねりを見つめ、なめらかな素肌を愛しげになぞり始めた。

「名前、何してるのかな。」
「ん?お触りして遊んでるの。」

 稚気に満ちた手つきに、神道は緩く微笑んだ。今の彼は辣腕たる政治家の神道議員でもなければ、"S"の創設者にして畏怖される無敗のスケーター、愛抱夢でもなかった。恋人の戯れを嬉しそうに享受する、ひとりの男の顔をしていた。生成された灰の柱を灰皿の側面で落とし、神道は空いた片手で名前の頭を撫でた。

「そうやって悪戯されると、仕返ししたくなるね。」
「仕返しって、どんな?」
「もちろん、同じように触る。」

 神道は片手で器用に名前のバスローブを解き、下腹をゆっくり触っていく。そうして素肌の感触をひとしきり楽しんだ後は、上へとスライドさせて柔らかなふくらみを指先で愛で始めた。

「ちょっと……っ、」
「雌牛は上手く乳を絞られると、乳が大きくなると聞いたことがあってね。名前もそうなのか、試そうか。」
「や、…っ、試さなくていいから…ぁ、」

 雑学を披露しながらも、愛撫の手は止まらない。神道は始終、愉悦の表情をしている。事実、今の名前は彼の掌で踊らされている雌牛も同然だった。彼は牛を手懐ける闘牛士(マタドール)のように的確に弄び、そして興奮のまま囁いた。

「……名前、君は火を付けるのが上手いね。本当に上手だよ。」

 神道は煙草を性急に灰皿に押しつけ、その手で名前を再び暴いていく。自身のバスローブを包み紙を解くように寛げ、柔らかな素肌に吸いつき、愛しい女の甘やかな悲鳴を堪能した。ソファーがふたり分の荷重で軋み、名前はせめてもの懇願をする。

「ん、……や、ベッドがいい、」
「駄目だよ。火を付けたからには、消すまで責任を取るべきだ。そうだろう?」

 煙よりも、今は名前の体が美味しいと神道は不埒に笑う。唇で何度も触れあい、舌は味わうようにたっぷりと絡めていく。幾度となく堪能しても、更に味わいたいと求めてしまう依存性。神道にとって、名前は煙草以上に嗜好する存在に他ならなかった。



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