様子のおかしいラブホ


※夫婦設定
※完全にコメディ。下品です。
※全員IQが3くらいです。ひどいです。


 沖縄の風物詩のひとつ、台風。今年は上陸がかなり早くて進度が遅かったため、主要道路は軒並み渋滞し、各交通機関の運行に大きな影響を与えていた。
 私と夫の愛之介さん、そして送迎のために車を運転している秘書の菊池さん。私たちは混雑と台風の回避のために、ホテルへとたどり着いた。それは上品な雰囲気を醸すビジネスホテル、ではない。正真正銘のラブホテルだった。

「いや、待って。待って!?」
「不服か?一番良い部屋で、設備は充実している。ベッドも回転するし、安心していい。」
「奥さま、防音に関しては非常に優れています。どんなに激しく大きなお声を上げても大丈夫です。ご安心ください。」
「1ミリも安心できる要素がないよ!?」

 揃って『安心』の二文字が含まれた言葉をかけられたけど、不安しかない。それから抗議をしたものの、ごく自然に部屋に導かれて入室してしまった。
 絶対におかしい。そう考えていると、お尻のあたりに違和感を感じた。たまたま触れてしまったレベルではなく、確かな意思を持った常習犯的な手つき。消去法でもう彼しかいない。

「え……今、お尻触ってるのは愛之介さん?」
「忠、お前が泥を被れ。」
「申し訳ありません、奥さま。素晴らしい曲線美なので右手がつい粗相をしてしまいます。現在進行形で。」
「秘書に罪を着せたよこの人!?」

 政治家という生き物の本質を垣間見た気分だった。これはひどい。菊池さんは淡々と謝罪してくるし、愛之介さんは尻を触り続けている。なんて人だ。苦戦しながらも、なんとか引き剥がした。

「では私は諸準備をしてきますので、愛之介さまとごゆっくりお寛ぎください。」
「寛げる気がまったくしないよ!?」

 菊池さんは恭しく執事のように一礼した。なんだろう、部屋に入ってからずっと叫んでる気がする。ボケが大渋滞しててツッコミきれないし、捌き切れない。無理です。
 愛之介さんはソファーで早くも寛いでいた。まるで勝手知ったる実家のようにネクタイを緩めてテレビを観たり、コップや灰皿をサイドボードから手際良く出していた。見れば分かる、完全に手慣れてる。
 様子を見ていると、愛之介さんが何か冊子のようなものを持ってきた。

「名前、日誌を発見したんだが。」
「ラブホに日誌とかあるの!?」

 外見は旅先でよくあるような日誌だった。日付と一言、たまに絵が描いてある。見てみたら実際の書き込みは平和だった。『彼氏と初めて来ました。とても楽しかったです!』のような初々しい感じから『会いたくて会いたくて、この部屋で震えてた』『彼女の喘ぎが うっせぇ うっせぇ うっせぇわ』みたいなJ-POP的な書き込みまでされていた。
 愛之介さんは嬉々とした様子でペンを取る。まさか書く気なのか、日誌に。

「僕たちも一言残そう。『外は台風で大変ですが、愛を確かめに来ました。神道愛之介&名前』でいいか。」
「一言いいかな?駄目に決まってるでしょ!?」
「わかった、忠の名前も入れておこう。神道愛之介&名前with神道の犬(忠)にする。これならどうだ?」
「withじゃないんですよ。なにそのJ-POP感覚。というか、神道の名をここに残さないで!?」

 ペンを取り上げようとしたら、日誌を持って逃げられた。愛之介さんがベッド上に逃げたのでそのまま追跡すると、今度は捕まえられてしまった。腰に手を回されて、頬に軽くキスされてしまう。

「あ……っ!?ちょっと、」
「こんな典型的な手に引っかかるのも可愛いな。」

 うっとりと薔薇色の瞳を蕩けさせる愛之介さん。例えるなら猫が罠にひっかかったネズミを爪先で玩び、愉しんでいるような表情。急に好色な雰囲気を醸し出してきているし、捕食までの秒読みカウントダウンが始まっている。このままだと雰囲気に呑まれてしまう。唇が緩慢に近づいたところで、菊池さんの抑揚を欠いた業務的な声が静寂に響いた。

「前戯中に失礼します。入浴の準備が整いました。」
「菊池さん、前戯じゃないからね。違うからね。」

 菊池さんは平常運転のような真顔でいながらも、こちらをばっちり凝視している。恥ずかしいから見ないでほしい。訂正を告げると、彼は何かを察したように目を瞬かせた。

「これは失礼しました。その疲弊しきったお顔、この短時間でもう一発済まされたんですね。わかります。」
「待て、忠。僕がものすごい早漏みたいな言い方はやめろ。風評被害だ。」
「二人とも、もう黙ってくれないかな!?」

 斜め上の間違った解釈をする秘書と、早漏ではないと憤慨する政治家。なんだか様子のおかしい主従に頭痛がしてきた。もうやだこの二人。

「気分転換といこう。名前、一緒に入浴しようか。」
「愛之介さま、バスタブの周辺にはキャンドルを並べ、水面には薔薇の花を散らしておきました。入浴後の赤ワインも手配済みです。バスローブは真紅の色合いでお二人分ご用意させていただきました。」
「秘書が独断で全部やってる!?」

 手慣れすぎてて、いっそ怖い。菊池さんの手際の良さと仕事の早さが今は一番の恐怖だった。
 ものすごく帰りたい。帰りたいけど外は台風。何より財布は菊池さんが握ってて、精算しないとまず部屋の外には出られない。完全に詰んでいた。

「忠。僕と名前がシャワーを浴びている間に照明をセッティングしておけ。ベッドは好きに回転しろ。位置は任せる。」
「かしこまりました。」

 手慣れた指示に、手際良くリモコンを手にしていく菊池さん。駄目だ、色々突っ込みたいけどもう手遅れな気がする。私はそこであることに気付き、質問をしていった。

「色々突っ込みたいところはあるけど……仮に私たちがベッドにいるとしたら、菊池さんは何をしてるつもりなの……?」
「そうですね。タンバリンがあるので叩こうかと。」
「カラオケかな!?タンバリンとかあるの!?」

 すると菊池さんは本当にタンバリンを持ち出してきて、真顔のまま鳴らした。無駄なくらいリズム感が抜群だった。完全に悪ふざけとしか思えない。

「こんな感じで、盛り上がったところに合いの手を入れます。」
「盛り上がるどころか、気が散ってそれどころじゃないよ!?」
「そうだ、タンバリンはやめておけ。やるなら拍手にしろ、忠。応援されてる感が出るからな。」
「あなたもおかしいけど!?いや、もう最初からすべてがおかしいよ!?」

 日誌や打楽器が置いてある、様子が怪しいラブホ。そして様子のおかしい政治家の夫と仕える秘書。
 ラグジュアリーな雰囲気の照明に、回転する洒落たベッド。絶対に逃れられない空間が広がっていた。
 台風の夜に、私の絶叫が響いたのは言うまでもない。



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