罪深き始祖たち


※ 旧約聖書『創世記』パロディ。
※都合の良い捏造を含みます。



 ヤハウェと呼ばれる神様がいました。この神様は世界に自分以外の存在がいなかったので、とても退屈していました。思案の末、神様は生物を創造して楽園を作ることにしました。
 効率化を図るため、自らを三つの女神の身体に分け、七日間をかけて天地を創造しました。一人目は大地を、二人目は海を、三人目は空を創りました。
 やがて神々は三母神を自称し、自らの姿に似せた人間という生物を創ることにしました。彼女たちは割と俗物的な神でしたので、自分たちの理想の男を創造することにしたのです。

「プロメテウスの火のように、燃え盛るような灼熱の目の色にしたいわ。」
「髪は私の創った海のように、美しい青が良いわね。」
「精悍な肉体に、愛情深い精神。この上ない美丈夫にしましょう。私たちの愛を介して立派になるように。」

 三母神はこうして最初の人間、アダムを創りました。そして愛称として『愛之介』と名付けました。
 愛之介は野心的に吊り上がった灼熱色の目に、美しい青の髪を持つ美丈夫でした。彼はその誕生を祝福され、たくさんの愛を一心に受けていました。
 やがて愛之介は神々から、生物のすべてに名前をつけるように仕事を与えられました。『ジョー』『チェリーブロッサム』『ミヤ』など彼が生物たちに丁寧に名前を付けていると、楽園にひとりの少年が迷い込んできました。

「おや。僕と同じような姿をしているね。君の名前はイブでどうかな?」
「イブ?……俺にはもうランガという名前があるから。」

 名付けを拒否し、ランガと名乗った少年は夜(リリス)のように真っ黒な服を着ていました。
 愛之介は自らに似たランガにとても興味を持ち、この楽園で一緒に暮らそうと熱心に口説きました。アダムたる自分の庇護の下にいるなら、楽しく安全に暮らせると主張したのです。

「それは嫌だ。」

 ランガはアダムこと愛之介の庇護の下で暮らすことを拒否し、去ってしまいました。このことは後に『アダムの最初の妻はリリスであり、アダムの元から自ら去った』という伝承の一因になるのでした。
 愛之介はランガが去ってしまったことで、とても傷心していました。もう彼のような素晴らしいイブ(理想の番)は現れないのではないか、と落ち込んでしまったのです。

「愛之介さん、気をしっかり保ちなさい。あの少年はあなたを惑わせる悪魔、悪霊だったのです。」
「イブ(理想の番)なら私たちが作ってあげるわ。従順で感受性が豊かで、あなたの愛を受け入れられる人間にしましょう。」
「同じ肋骨から創った方が確実ね。愛之介さんが男なら、この子は女の性にしましょう。」

 こうして神々はアダムこと愛之介の肋骨から、イブを創り出しました。柔らかな髪質と全体的に愛らしいフォルム。従順で可愛らしい女の性を持つ人間が、愛之介へと与えられました。

「イブ……君の愛称は名前にしよう。」

 愛之介は与えられたイブに対して名前という愛称で呼び、とても可愛がりました。彼らは男と女で裸同士でしたが、性愛の概念がないため、まるで兄妹のように仲良く暮らしていました。
 名前は神々から、生物の管理の仕事を任されました。愛之介が名付けた生物たちを、丁寧に世話することが使命でした。彼女はこの仕事を与えられる際、愛之介と一緒にある注意を受けました。

「いいですか。あらゆる生物の管理を名前さんにお任せしますが、知恵の実にだけは触ってはいけませんよ。」
「あれは禁忌の果実です。決して近づかないように。」
「これはあなたたちへの愛ゆえの警告です。いいですね、知恵の実には絶対に触れてはなりません。」

 三母神は特大の警告をふたりにしました。愛之介と名前は素直に頷き、その指示に従いました。

「あんなに言うなんて、とても危険なものなんだね。」
「そうだな。僕たちが近寄らなければ、問題ないだろう。」

 アダムとイブたるふたりはそう呟き、神々の教えを守っていました。楽園は平和そのものでした。争いや諍いはなく、生物たちが環のように美しく生を紡ぎ、愛之介と名前はそれを大切に見守っていました。世界のすべては神に管理された美しい庭、楽園そのものでした。



 ある日、名前は知恵の実の近くで生物の管理をしていました。彼女は三母神から危険だと教わっていたので、決してその実がある樹には近づかず、与えられた仕事をこなしていました。

「すみません。……あなたがイブですね。私と話をしませんか。」

 仕事をしている名前に話かけてきたのは、白蛇の青年でした。知恵の実がある樹から、するりと抜け出てきた彼は物憂い雰囲気をまとった、人身蛇尾の姿をしています。

「あなたは……?」
「私はスネークと申します。この樹を住処にしている者です。いつもたくさんの生物たちを管理してくださり、ありがとうございます。」

 スネークと名乗った青年は感謝を告げました。名前にとって、神々や愛之介以外の者と話すのはこれが初めてでしたので、とても新鮮な気持ちになりました。
 名前はこの新鮮さを分かち合おうと、愛之介を連れてきました。スネークがいつも忠実そうに物事を語ることから、愛之介は彼に親しみを込めて『忠』という愛称をつけました。
 彼らはすっかり仲良しになり、仕事の合間に来ては話を交わしていました。

「忠。お前は危険とされる知恵の実の樹に住んでいるなんて、怖くないのか?」

 愛之介がある日、そんなことを言いました。

「怖くはありませんよ。私にとって害のないものですから。」
「そうなんだね。やっぱり人間だけに危険なものなのかな?」
「愛之介様と名前様はこの知恵の実について、危険であること以外は何もご存知ないのですね。」

 スネークこと忠は頭上にある樹へと視線を向けました。薔薇のように赤いデッキに瑞々しい緑のウィール。知恵の実の正体とは、林檎色のスケートボードのことでした。その艶々とした威容は思わず手に取ってしまいたくなる程に、とても誘惑的な雰囲気をまとっています。

「この知恵の実を手にすると、抑圧されていた本能が解放されるといいます。」
「本能の解放……?」
「はい。私のように本能が抑圧されていない生物には効き目がありません。よって、触れても大丈夫ということです。アダム、そしてイブ。興味があるなら、触れてはいかがですか?」

 抑圧された本能の解放。それは愛之介や名前には想像もつかないことでした。三母神の言いつけを守り、生物に名前をつけ、ひたすら管理する仕事をこなしていく。平和な楽園をこれから続けていくのに、本能の解放など必要がないことのように思えました。

「僕たちには必要がないな。」
「そうね。神々の教えに背くわけにはいかないから。」
「本当にその神様たちは正しいのでしょうか?」

 忠の問いが静かに響きました。

「差し出がましいことを申しますが……神々はあなたたちの人間としての本能を抑えつけ、性の交歓による繁殖をさせず、都合の良いように飼っているだけなのではないでしょうか。」
「飼われている……私たちが?」
「忠、くだらない憶測はやめろ。神々は僕たちを愛してくださっている。それを裏切るわけにはいかない。」

 アダムの愛之介は強く否定しましたが、イブの名前はその言葉にとても揺らいでいました。
 実は三母神は愛之介や名前に愛や躾と称して、酷く痛めつけたりしていたからです。仕事にまだ慣れずに失敗した名前を庇って、愛之介だけが一方的に激しく痛めつけられることもありました。
 すべては従順に躾られ、飼い慣らされているにすぎないのではないか。そんな疑念が名前のなかで大きく膨らんでいきました。
 その日はもう日没を迎えたため、ふたりは忠の元を去りました。しかしその後、彼らを待っていたのは過酷な現実でした。

「あれほど言ったのに、知恵の実の近くに行ったのですね。ふたりには愛ゆえの罰を与えましょう。」

 三母神は手酷く愛之介と名前を痛めつけました。手首を殴打され、生々しい赤い傷が腕の一面を覆ったころ、ふたりはようやく解放されました。
 名前ははっきりと確信しました。これは愛と称した暴力で、自分たちを飼い慣らすための行為なのだと。横たわった彼女は断続的な痛みに耐えながらも、ある強い決意を抱いたのです。それは反逆の意志に他ならないものでした。



 名前はスネークこと忠に唆され、とうとう知恵の実に触れてしまいました。
 そうして初めてスケートボードに乗った瞬間、胸の内から歓喜のような情動に襲われ、あらゆる知識が白波のように次々と流れてきました。
 愛之介は男で、自分は女。番うべき性であり、愛しあうために生まれてきたのだと。
 彼女は愛之介にも知恵の実を手にするよう、勧めました。死には至らないと説くと、彼は戸惑いながらも同意したのでした。

「これは……、」

 知恵の実を手にした愛之介は名前が裸でいることに、急速に恥じらいを覚えたのです。その柔らかで女性的な曲線美を描く女体に、はっきりとした欲を抱いたため、目を逸らしてしまいました。
 そして名前の方も愛之介の精悍で筋肉のうねりが美しい、男性的な身体に女として強く惹かれていました。惹かれたからこそ、視線を逸らしたのです。彼らは知恵の実によって性愛を自覚したことで、互いに服を着ていないことを『恥ずかしい』と思ったのでした。
 やがて服をまとったふたりは、そっと口づけを交わしました。世界で最初のキス、そして人類の始祖として最初の罪を犯したのです。

「名前、僕たちはもう楽園にはいられないな。」
「そうだね。でもアダムのあなたと一緒なら、追放されても構わない。」

 人間としての本能が解放された、アダムとイブこと愛之介と名前。彼らは一昼夜を通して恋を語り、愛を囁き合い、仲睦まじく本能のままに身を絡めました。
 名前は生物を管理している時、雄が雌に覆い被っている状況を目にすることがありました。それは愛の儀式であり、子孫を残すという生物として喜びの絶頂に至る行為であったのだと、身を以て知ることになりました。

「愛之介、そして名前。あなたたちは追放です!」

 アダムとイブこと、愛之介と名前は怒った三母神に楽園を追放されてしまいました。楽園に続く神の道を閉ざされ、地上へと放り出されてしまったのです。
 しかしふたりは圧倒的な解放感、そして自由を味わっていました。彼らは知恵の実ことスケートボードに乗り、手を繋ぎながら寄り添いました。

「名前。地上にもっと僕たちのような、スケートボードが滑れる人間を作ろうか。僕たちの愛を介して世界中に。」
「素敵だね。きっと私たちが番えばたくさん出来るわ。」
「子孫が増えてきたら、スケートボードで"S"というレースを開催しよう。参加者は互いに何かを賭ける、極秘のレースとして。」
「ふふ、素晴らしい考えね。」

 こうしてふたりの子孫が次々と生まれていき、地上に人類とスケートボードが繁栄しました。宗教が生まれ、一部の宗教では土曜日の夜を"S"とし、日曜日を安息日とする教えもできました。おしまい。



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