薔薇の因果


 沖縄にはユタと呼ばれる霊能力者がいる。その者は交霊などのシャーマン的な仕事の他に、男女間の出逢いや相性、縁の深さなどの占いも行うという。
 祖母の知り合いにその筋では名の通ったユタの方がいて、試しに占ってもらった。痩せた小さな体なのに、幾星霜を閲した山脈を見ているような不思議な威厳がある。彼女は私を一目見て、はっきりと言い切った。

「あんたはね、薔薇のような男に好かれる。その男に一度でも触れたら覚悟を決めたほうがいい。深く棘を刺されて、あんたは一生離れられない。」

 それを聞いた瞬間、心臓がどくりと脈打った。薔薇と聞き、既にひとりの男性を連想してしまったからだ。

「野心的な鋭い目つきをしていて、上背がある。口が巧くて、人を掌の上で転がすのが上手い男だろう。」

 ユタの方は具体的なイメージまで告げた。ますますあの人なのでは、と確信が深まっていく。

「あんたとその男の縁は、前の世からの約束に近いからね。そういう因果、運命(サダミ)だよ。」

 彼女は淡々と告げて、占いを終えた。私は礼金を払って見送った後、快晴の空を眺めた。前の世からの約束。因果、運命。ずっとその託宣が耳から離れなかった。
 薔薇のような男。口が巧く、人を掌の上で転がすのが上手い男。私はそれらを聞いて、真っ先に神道愛之介という人物を連想した。彼が政治家であり、華やかな薔薇を好むこと。そして血のように真っ赤な、薔薇色の瞳をしていたからだ。



 私はその晩、やけに鮮明で不思議な夢を見た。
 日本ではない、遥かな異国の地だということがわかる。情熱と華やかな貧困が同居している国。自分には背の高い恋人がいる。視線が絡みあう度に、情熱的に深く愛しあっているのだとわかった。

「さあ、僕と踊ろう。」

 彼は踊るのが好きだった。嬉しい時は体が先に動いてしまうのだと微笑みながら、私の手を引いた。一緒にいるだけで嬉しく、彼にリードされながら夜が明けるまで踊り続けた。
 私は彼に薔薇が似合うと褒めた。華やかで情熱的なあなたらしくて大好きだと。すると会う度に嬉々として薔薇を持ってきた。彼と会える日はそう多くなかったけれど、とても幸せだった。

「死が二人を別つまで一緒だ。」

 狂おしい天国と甘やかな地獄があることを、この素肌の熱い恋人は教えてくれた。富裕と貧困。彼は俗世の身分など関係ないと言い、大切に愛してくれた。
 しかし、楽園のような日々は長くは続かなかった。身分差ゆえに彼の親族に別れさせられたからだ。私は命を落とし、彼は同じ富裕層の令嬢と結婚させられた。私は自らの死に際に聞いた。果てしない執着と慟哭の声を。
 ─── 次の世でも必ず愛し、もう二度と離さない。
 そう語った彼は薔薇色の瞳をしていた。鮮烈な赤の残像を最期に、暗転していく。



 薔薇のような男に好かれる。その男に一度触れたら最後、深く棘を刺されてしまう。あの時の美しく不吉な予言は、確かに当たっていた。

「叔母様がたに君の話をしたら、ぜひお会いしたいと言っていたよ。今度、食事会でもどうかな?」

 飛行機のファーストクラス、その隣席に座る神道君はまるで歌うように誘ってきた。彼は同職の国会議員でそれなりに親交もある。つい一週間前までは恋愛相談も受けていた。過去形なのは、その恋愛相手が私になったからに他ならない。

「素敵な話だけど、宗家の方からのお見合いの話はどうなったの?」
「ああ、断ったよ。今は君以外の女性など考えられない。」

 彼の薔薇色の瞳が、恋の絶頂にいると語っている。何もかも甘く蕩けさせるような、うっとりとした口調で夢の話を始めていった。

「昨日、不思議な夢を見た話をしようか。夢のなかの僕には恋人がいてね。身分など関係なく、彼女をとても愛していたんだ。」

 私はその話の続きを知っていた。恋人に薔薇が似合うと褒められ、嬉々として薔薇を手に通ったこと。しかし親族に別れさせられ、最愛の恋人は命を落としてしまう。そして親族の意向に逆らえず、政略結婚をした。愛する者の亡骸を抱えて、来世へと想いを馳せたのだと。

「僕はその恋人が君だったと、考えている。」
「……まさか。」

 いつもならロマンチックな話だと笑って、聞き流していたはずだった。でも今は違う。すべての状況が合致し、因果の轍をなぞろうとしていた。
 食事会に参加する旨を伝えると、神道君は嬉しそうに口もとをほころばせた。その時、遥かな異国の雰囲気を確かに感じた。狂おしい天国と甘やかな地獄の気配も。

「食事会の後は舞踏会にしよう。君とぜひ一緒に踊ってみたくてね。いいだろう?」

 私が同じ夢を見たと言ったら、神道君は疑いもなく喜ぶにちがいなかった。運命の片割れなのだと、より深く棘を刺すように絡んでくるだろう。きっと近いうちに熱い素肌の温度も知り、甘く懐かしいと感じてしまうのだろう。
 もうこの薔薇色の瞳の男から離れられない。それだけは確かだった。



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