花と庭師の息子


※忠の父は神道家の庭師(使用人)という公式設定ネタです。




 庭師とは花や植木を管理し、庭を美しく整えることに特化している。忠は幼い頃から庭師である父を手伝い、その秀でた技術や心配りを目にしてきた。
 父の後継となるべく腕を磨き、忠は幼いながらに懸命に努力した。いつも父の後ろを仔犬のようについていく彼は、自分なりのささやかな庭を作り、誇らしげに披露したこともあった。

「忠。お前は花が好きだし、剪定も上手い。だが、一つの花に執着しすぎる。その管理の仕方では庭全体を枯らしてしまうだろう。」

 庭を見た父は、憂いを込めた警告を与えた。忠はこの花だと愛でる対象を決めたら、その一輪にのみ深く執着する癖があった。花弁に大切に触り、土壌に触れてその存在を確かめ、念入りに水やりをして雑草を刈った。害虫を徹底的に払うことも行い、毎日それを繰り返す。庭はその花を愛でるためだけに整えられたものだった。
 そんな息子の一輪の花だけに対する執着と愛で方に、父はこう結論付けた。

「残念だが、庭師には向いていない。」

 父の口調はやわらかだったが、確かな断絶のように忠には感じられた。将来は父と同じく庭師になるのだと考えていた彼にとって、それは自分の行く末を早々に断ち切られ、剪定されてしまったようなものだった。
 幼い忠は父譲りの素晴らしい技術を持ちながら、庭師になることを諦めた。やがて成長した彼は、主人である愛之介、そして彼の父の愛一郎を支えるために政治家秘書の道を選んだ。

「管理する庭が違うだけだ。何も変わらない。」

 忠は美しい緑に満ちた庭を眺め、そう呟いた。庭師と政治家秘書の仕事はよく似ている。そして政治家秘書は忠にとって天職だった。主人の為にあらゆる状況を整え、トラブルになりそうな案件を事前に剪定する。そして主人のいる庭を毎日、美しく保つ。彼はそれらをすべて完璧に仕上げてみせた。まるで庭師に向いていないと断絶した父に見せつけるかのように。

「私は庭を枯らしたりはしない。大旦那様、そして愛之介様の為に。」

 主人への忠誠、そして庭師の血筋としての矜持がその言葉を紡がせた。彼は今日も自らが整えた庭へと歩んでいく。まるで忠実な犬のような足取りで。



 庭先には濃密な緑の匂いが漂っている。冷涼な風が頬を心地良く撫でる日に、忠は名前と出逢った。
 名前は花を連想させるような女性だった。たとえるなら蜜をいつも機嫌良く外側に滴らせているような、蜜花だ。温室で育てられたというよりは、草原で清廉に育ってきたような雰囲気を漂わせている。
 忠は一目で心を奪われてしまった。この女は自分が愛でるべき花だと、熱病じみた想いを胸中に咲かせられた。

「本日より、新しく神道家の庭師としてお世話になります。どうぞ、名前とお呼びください。」

 名前は忠の父が連れてきた後継者だ。優秀な品種として引き抜かれ、神道家という土壌の片隅に植えられた。
 花のような彼女に触れたいという、不埒な欲が忠のなかで膨れあがる。無遠慮に摘み取り、愛でてしまいたいと狂おしく焦がれながらも、平静を装って淡々と告げていく。

「名前さん、庭師の菊池は私の父です。ですから私のことは便宜上、忠と下の名前で呼んでください。」
「わかりました。では、忠さんと呼ばせていただきます。」

 名前は忠の不埒な想いなど知らぬまま、やわらかな笑みを唇に乗せた。外側に甘やかな蜜ばかり滴らせ、棘を出すことなど知らないようだった。このまま悪い虫に食い荒らされるか、主人に目をつけられて摘み取られてしまうか。その不幸な二択しかないように忠には思えた。
 ─── 大切に管理しなくてはならない。煩わしい害虫を払い、彼女自身が他者に興味など抱かぬように剪定しなくては。
 忠はそう決意し、新たに神道家の庭にやってきた名前を歓迎した。こうして庭師の血脈を持つ男が、一輪の花のような女に執着を抱いたのである。



 一輪の花に深く執着する、そんな幼い頃の悪癖を忠は繰り返していた。庭全体の調和を考えるのではなく、その花を愛でるために庭を作って囲うことも。
 名前を囲い、自らに関心を持たせるのは忠にとって容易いことだった。政治家秘書として培ってきた心配りと父譲りの庭師の知識、それらを強調するように植えつけ、彼女の心に深い根を張ることに成功した。

「きれいな庭ですね。」
「ありがとうございます。忠さんのお父様が整えられた庭に、今回すこしだけ手を加えさせていただきました。」

 庭を褒められた名前は、誇らしげに微笑んだ。彼女が手を加えた庭は細かな場所まで丁寧に整えられ、全体が美しく調和している。清涼さを感じさせる緑のなかに佇む名前は、忠にとって庭を彩る一輪の花そのものだった。
 父はこうなることを予見して名前を選んだのだろうか、と忠は思う。お前は庭師には決してなれず、ただ花を食い荒らすだけの存在なのだと。胸中に落ちた暗い翳りを無視し、忠は名前へと口づけを施した。

「忠さん、」

 緑が清廉に咲く庭で、秘めるようにそれは為された。同意のもとで交わした唇が、互いの水分によって潤っていく。熱病めいた想いが芽吹き、それは口にせずとも通じ合っていた。

「名前さん。私は庭師には向いていないと父にかつて言われたことがあります。」
「そう、なんですか?」
「はい。一輪の花へ執着しすぎるあまり、庭全体のバランスを欠いてしまうんです。私は一目見た時から、その花を愛でたいと感じる一方で、摘み取りたくてたまらないと感じていました。」
「……花を摘み取れば、忠さんは満たされますか?」

 名前は他ならぬ忠の手によって、摘み取られるのを待っていた。甘やかに蜜を滴らせ、種子を植えつけられることを望んでいた。賞玩に耽って、心ゆくまで愛でてほしいと潤んだ瞳が語っている。

「ええ。満たされるでしょう、心から。」

 忠は名前の手を取る。まるで美しく咲いた花を愛でる、庭師のような手つきだった。

「続きは私の部屋でしましょう。……あなたを私だけのものにしたい。」



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -