人魚姫と愛が重い王子様


※童話『人魚姫』パロ。
※フルスロットルなラブコメ仕様。







 私は人魚姫。嵐の夜に船が難破し、そこで偶然助けた王子様に一目惚れをしてしまった。
 やがて元気になった王子様が華麗にスケートボードをしているのを、いつも岩陰からこっそり眺める日々を送っていた。恋心を募らせるあまり、ある日とうとう魔法使いの薬で人間となり、海から上陸。我ながら、割とパワフルで行動力のある人魚だと思う。
 恋をした王子様と直ぐに再会できたのは嬉しかった。その方の名は愛之介様というのだけれど、私のことを覚えていてくださった。現在は彼のご厚意でこのお城に住まわせていただいてる。人間の暮らしというのは、毎日が楽しい。時間が空けば愛之介様と一緒にスケートボードをしたり、ダンスを楽しんだりしていた。

「名前、ここでの暮らしは慣れたかな?」
「はい、毎日が充実しています。」

 愛之介様は公務の合間など、お時間が出来るとこうして部屋まで足を運んで話をしてくださる。それがとても嬉しかった。優美なドレスや高貴な宝石、豪奢な花束。愛之介様はいつもそれらを持ってきてくださるけど、私は受け取るのを丁重に断っていた。
 もちろん決して嫌なわけではなく、贈り物はとても嬉しい。嬉しいけれど身に余る贅沢だと思い、受け取れなかった。
 今こうしてお城に住まわせてもらっているだけで充分だと伝えると、愛之介様はとても驚いていた。そして唇をほころばせ、私を抱きしめた。

「ああ、名前はなんて謙虚で健気なんだ……以前から愛しいと感じていたが、更に心を奪われたよ。」
「愛之介様、」
「もう今すぐにでも挙式したい。確か人魚姫は式を挙げて永遠の誓いをすれば、特殊な膏薬がなくても人間の状態でいられる。そうだろう?」
「お、お詳しいですね。その通りです。」
「大事なことなので隅々まで調べたよ。当然のことだ。」

 愛之介様はうっとりと薔薇色の瞳を蕩けさせた。冷静沈着で狡猾、国益の為なら手段を選ばない王子と国内で評判だったけれど、その面影は今はまったくないように見える。

「だが問題がある。僕は叔母様がたのご意向で、妻を娶ることになっている。相手は隣国の姫君だ。」
「そう、ですね。」

 当然のことながら、愛之介様は一国の王子なので結婚も慎重かつ政治的な要素が絡んでくる。私は永遠の誓いという夢が叶うことを、諦めかけていた。愛之介様とは相思相愛で、彼は惜しみなく愛情を与えてくださるけれど、それで結婚できるわけではない。王室や貴族の皆さまは間違いなく反対するし、現実的に考えて愛之介様は隣国の姫君と結ばれた方が良い。
 悲しいけれど、諦めざるを得なかった。最終的には泡になる未来が決まっている。

「そこで隣国の姫君との縁談については、破談にしたいと考えている。」
「そうですか、破談に……えっ、破談?」
「破談だ。」

 愛之介様は神妙に頷いた。私は無礼を承知で慌てて進言した。

「無礼を承知で言いますが駄目です! 王子様の結婚次第では国が傾くんですよ。」
「名前と結ばれない未来など、破棄して然るべきだからな。」
「お気持ちは大変嬉しいですが、落ち着いてください!いつもの冗談ですか?冗談ですよね?」
「僕は本気だよ。」

 その瞳は真剣そのものだった。愛之介様はとても私を愛してくれていることは知っている。しかし、愛が非常に重い。「いっそ身分など捨てて駆け落ちしたい。」「現世だけではなく来世も名前と共にいたい。」だとか。童話的にはロマンチックだけれど、現実では実現が難しい。

「それに人魚姫というのはいずれ海に帰ってしまうと聞く。絶対にそれは阻止したい。この城でずっと囲って一生愛でたい。僕はもう名前のいない人生など考えられない。」
「重っ、いや、一人旅程度は許して頂けると……」
「わかった。僕も海底に連れていくというなら考慮しよう。君のご両親に挨拶もしたい。」
「挨拶は難しいかと思います。私は両親や姉妹たちの反対を押し切って強引に上陸したので……今頃、かなり怒っているかもしれません。」
「名前はそんな無理をしてまで僕に会いに来てくれたのか……ああ、嬉しいな。その健気な想いに応えよう。やはり隣国の姫君との縁談は破談にする。忠、破談の準備を進めろ。」
「かしこまりました。すぐに対応します。」

 忠実な側近たる彼は準備をすべく、退室してしまった。なんということだろう、火に油を注いでキャンプファイアー状態になってしまった。言葉選びを完全に間違えた。愛之介様のことは愛してるけど、結ばれないのは目に見えている。この国でお世話になった方々のことを考えると、愛之介様の縁談は成立させなくてはならない。暫く考えに考えた結果、あることを思いついた。

「愛之介様、私を寵姫にするのはどうですか?」
「寵姫?」
「隣国の姫君を妻たる王妃として迎え、私を寵姫に……つまり妾だとか愛人のようなポジションにするのはいかがです?ご高名な姫君なら、寵姫にも理解があっていいのでは、」
「僕は名前以外、妻として迎えるつもりはない。」
「そこは譲らないんですね……!」

 愛之介様は頑として首を縦に振らない。

「それに寵姫にした時点で『永遠の誓い』という結婚の誓約を果たせなかった名前は、泡になって消失する。違うか?」
「う、……よくご存知で。」
「調べ尽くしたからな。そんなことは絶対にさせない。」

 この聡明な王子様は勉強熱心で、人魚の誓約について知り尽くしていた。しかし優秀な王族たる愛之介様といえど、どうにもならないことがある。それは、王室や貴族の皆さまの評判だ。

「でも私は、急に城に上がり込んできた身です。万が一結婚するとしても、王室や貴族の皆さまの間での評判が良くないのでは……?」
「その点については問題ない。名前は知らないだろうが、王室や貴族達の間では人魚姫の評判はかなり良い。」
「え、そうなんですか?」
「『名前様は勇敢なお方です。大切なカーラが海で溺れていたところを助けてくださった御恩は、一生忘れません。王妃様になった暁には心を込めた書を贈らせていただきます。』『王子様に寵愛される名前様はどんな女性なのだろうかと、好奇心で話かけたことがあります。名前様は謙虚かつ優しいお人柄で、自分の作った料理をたくさん褒めてくださって嬉しかったです。結婚式ではぜひ最高の料理を提供させていただきたいです。』」
「詳細に覚えてる記憶力がすごいですね。」
「要するに王室や貴族達の評判は、気にしなくていいということだ。」

 意外にも好感度が高かったことに驚いた。急に城に上がり込んできた身だというのに、王室や貴族の皆さまが寛大でいい人達すぎる。評判は大丈夫だとしても、やはり最大の問題として隣国の姫君の縁談が残っている。

「やはり隣国の姫君との縁談が……、」

 話を続けようとすると、部屋の扉からノック音がした。私が応えるとその人物は、堂々と入室してきた。

「失礼。やはりここに居たか、愛之介。公務の合間には絶対にここに来ていると思ってな。」
「父上。何用ですか?」
「こ、国王様……!」

 まさかの現国王、愛一郎様がいらした。豪奢で煌びやかな衣装に最高権力を示す王冠、そして鷹揚としていながら威厳溢れる真紅の双眸。その圧は、部屋の雰囲気を一変させるほどの壮大さがあった。

「良い報せだ。先程、海底の国王と会談し、人魚姫が我が国に嫁ぐ方向で話がまとまった。よって隣国との縁談は破談とする。これは現国王の私の判断だ。あの国の姫君は他の属国からも求婚されている。我が国に断られても、縁談に窮することはないだろう。」

 まさかの国王直々による破談である。この短時間で外堀という外堀を一気に掘削し、埋め戻され、コンクリートで一瞬で固められた。そんな感じである。
愛之介様は頷き、薔薇色の瞳を希望に輝かせていた。そして王たる父君に承諾を得ようと口を開いた。

「名前を正式な妻として迎えたい。よろしいでしょうか、父上?」
「構わない。海底の国と親交を深めれば、我が国の貿易の要たる漁業において豊漁は約束される。ひいては更なる国益が期待できるからな。むしろ早く人魚姫と結婚しろ、愛之介。」

 愛一郎様はそう告げると、厳粛な雰囲気のまま退室なさった。私は唖然としていたけれど、やがて愛之介様に導かれるまま大理石のバルコニーへと連れていかれた。
 純白の鳩が羽ばたき、美しい故郷たる海が一望できる。そこで愛之介様は優雅にスケートボードに乗った。私も自分のボードに乗って近づくと、彼はボードを接触させた。それはこの国では愛の儀式とされている行為に他ならない。愛之介様は私の左手を恭しく取って、微笑んだ。

「結婚しよう、名前。生涯をかけて幸せにすることを誓うよ。」
「愛之介様、身に余る幸せです。急展開すぎて驚きましたけど、あなたの妻になれることを心から嬉しく思います。」

 予測不可能の強制的なハッピーエンドだった。こんな人魚姫の物語も有りなのかもしれない。あの時、勇気を出して上陸してよかったと思う。お後がよろしいようで。



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