毎日が記念日


 神道愛之介はロマンチストを体現したような男といえる。彼はお近づきのしるしと称して赤い薔薇を贈り、ラブロマンスの主演俳優よろしく本命の相手に愛を囁く。
 その演出から費用までこだわり抜いて攻めるスタイルは健在で、それが恋人との記念日とあらば、それはもう腕によりをかけて愛情を示す男だった。

「名字さん宛てに、贈り物が届いています。」

 社内の女性が名前に持ってきたのは、豪奢な赤い薔薇の花束だった。清楚なライトブルーの包装紙には、薔薇が溢れんばかりに咲きほこっている。華やかな花弁たちからは、やわらかな香気が匂う。こんなメロドラマに出てきそうな贈り物をする差出人は誰なのか、言われずとも名前には予想がついた。

「差出人は誰ですか?」
「『神道愛之介』様と書いてあります。メッセージカードもありましたよ。」

 純白のメッセージカードを受け取った名前は、早速開いた。中には『名前へ。愛と情熱を込めて』と直筆で書かれていた。まるで映画のワンシーンに出てきそうな言葉である。それを眺めた名前は気恥ずかしさと一緒に首を傾げた。

「嬉しいけど、今日はなんか記念日だったかな?」

 名前は思考をめぐらせた。しかし彼女に思い当たる節はまったくなかった。特別なイベントがある日でもない、至って普通の平日という結論に至った。 
 彼女は花束を手に、軽やかな足取りで席に戻った。華やかな薔薇をぼんやりと鑑賞し、意図の読めない贈り主の恋人に想いを馳せた。



 名前は仕事を終えて会社を出た。手に薔薇を抱えて歩いていると突如、眩い光に包まれた。光の正体がスポットライトだと気付いた時には、華麗なレッドカーペットが瞬く間に足元へと敷かれた。
 レッドカーペットは黒塗りのセンチュリーへと続いている。議員御用達とされている高級車のドアが開き、静かにその人物が姿を現した。
 彼は優雅に赤い道を歩き、少し上空にあるスポットライトも追従する。やがて彼は名前の前までたどり着いた。月下の湖に似た青い髪に、あざやかなガーネットを連想させる甘やかな瞳。老舗であつらえたロイヤルブルーのスーツを隙なく端正に着ている。その男は淑女に挨拶する紳士のように、うやうやしく名前の片手を取った。

「名前、お疲れ様。待っていたよ。」
「あ、愛之介さん?これは……、」 
「今日は記念日だから、その演出だ。」
「記念日?」
「僕と名前が初めて出逢った日だよ。明日は、初めて僕たちが一緒にスケートボードで滑った記念日だ。」
「細かい!毎日が記念日!?」

 恋人とのささいな記念日を大切にする男の愛嬌を込めたウィンク。それはハートマークを飛ばしているかのような幻視を見る者に与えた。その雰囲気に普段の議員然とした厳粛さはまったくない。
 最新式のドローンを使った小型のスポットライトは、ふたりを映画の主役たちのように照らしている。愛之介は名前の手に抱えられた薔薇の花束を見つめ、優しく問いかける。

「薔薇は気に入ってくれたかな?」
「うん。突然でびっくりしたけど、嬉しいよ。ありがとう。」

 ほのかに上気した頬に、飾り気のない嬉しそうな微笑み。視線が交わり、甘やかな雰囲気がふたりに漂う。自分のプレゼントを純粋に喜んでくれている、その事実に愛之介は胸が躍った。愛する名前の手を取って、今すぐにも踊りたい気分に駆られたが、辛うじて思い留まった。
 
「喜んでもらえて嬉しいが、これはまだオードブルでね。ディナーを予約しているから、案内しよう。」
「ありがとう。」

 演出の時点で既に名前はお腹いっぱいだったが、愛之介に委ねることにした。彼は毎日が記念日だといわんばかりの幸せそうな様子である。今夜はいつになく長い記念日になりそうだと、名前はエスコートされながら確信に近い予感を抱いた。



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