イエティとやきもち


 イエティ(雪男)である。新雪のような白い毛皮に、北米の鹿を連想させる黒々と尖った2本のツノ。ハイライトのない、ぼんやりとした眠たそうな黒目。怠惰にも貪欲そうにも見える、大きく開いた口もとが特徴的だ。
 ランガのボードのデッキに描かれた図柄は、暦がイエティを意匠化して描いたものだ。名前はこのイエティを可愛いと大絶賛していた。

「このイエティ、ランガに似てて可愛いね。」
「そんなに似てる?」
「うん。暦に許可をもらって、ぬいぐるみを作っちゃった。」

 彼女は暦に許可をもらい、独自にぬいぐるみまで作るほどイエティに夢中だった。その出来ばえは新雪のような白い毛皮といい、ぼんやりとした眠そうな目もとといい、再現率はかなり高い。愛や思い入れの深さがつたわってくるような作品だった。
 そのぬいぐるみを作ったことにより、名前がランガに構う機会は格段に減っていた。彼女はランガの部屋にぬいぐるみを持ち込み、ずっと愛でている。

「……名前、よく飽きないね。」

 拗ねた幼子の口調でランガがそう呟いた。名前がぬいぐるみを愛でている間は、まったく構ってもらえないからだ。
 イエティのぬいぐるみを愛でる名前を、後ろから緩く抱きしめているランガ。それが今の構図だ。彼はこの構図が早く変化することを望んでいた。切実に。

「飽きないよ。ずっと触っていたいくらい。」
「……ふーん。」
「どうしたの?やきもち?」
「そう。名前、部屋に来てからそいつにばかり構ってるから。」

 恋敵を軽く恨むような口調だった。ランガは抱きしめた腕に、力をそっと込めていく。彼のやきもちは吹雪の性質に似ていた。淡々としているようで、実はかなり吹き荒んでいる。そして一度吹いたら、なかなか止まない。
 ランガは愛しい恋人に構ってもらえないことに、寂しがってもいた。もし寂しさに深度というものがあるなら彼は氷点下の限界点を、今にも超えそうなくらいだった。無言で肩に顔を寄せ、さらに抱きしめていく。
 流石に名前も雰囲気を察し、ランガへと構った。

「ごめんね、ランガ。拗ねないで?」
「……構ってくれないと許さない。」
「わかった。今からするよ。」

 イエティのぬいぐるみに別離を告げ、名前は抱きしめてくれているランガの手を上から撫でた。彼の氷雪のような白い肌は日本人離れしており、北米の血を引いていることを強く名前に思わせた。
 やがて逢瀬を望むように、ランガの左手が名前のそれに絡んできた。お互いにやや冷たい体温だったが、繋ぐうちに温かくなっていく。恋人の愛しいぬくもりで満たされていくうちに、名前の舌先は軽やかに滑るようになった。

「ランガ。このイエティのぬいぐるみ、家にいる時は枕元に置いてるの。」
「ぬいぐるみを?」
「そうだよ。この子、ランガにそっくりでしょ?離れてても、なんだか一緒にいるみたいで安心するから。」

 名前はぬいぐるみをランガに見立てて、大切にしている。その事実は肋骨を越えて、心臓へと暖かく触れた。

「ずるい。……名前のそういうところ。」

 語彙力が奪われ、拗ねた幼児みたいな反応しかできなくなってしまう。そんなランガを名前は愛しんだ。可愛らしいと、最大限の愛情をたっぷり込めて。

「ランガもイエティも本当に可愛いよね。」
「別に俺は可愛くない。」
「構ってもらえなくて拗ねる時点で、もう可愛いと思うけど……っ、」

 ランガは自身を可愛いと賞賛してくる唇を、伺いもせず攫った。指先で名前の顎を捕らえ、悪戯じみた動きで舌先を舐め、甘ったるく絡めていく。そうして食べあうような交歓を終えたころ、ランガは優越感に満ちた口調で呟いた。

「そのイエティじゃ、できないだろ。……こういうこと。」

 名前には真後ろにいるランガの様子が、見えずとも理解できた。彼がハーフ特有のきれいな顔に、晴れやかな笑みを咲かせていることを。先ほどまでの吹雪のような吹き荒んだ気配はなく、春先の雪解けのような雰囲気であることを。

「ランガ……そういうところ!」

 羞恥に満ちた甘い絶叫。ランガはそれを心地良いものとして聞きながら、上機嫌に再び唇を重ねていく。ふたりの蜜月を、イエティのぬいぐるみだけがぼんやりと眺めていた。



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