蠍座の男


※夫婦設定


 星座占い。それは日本ではポピュラーな占いのひとつであり、西洋発祥の占いである。誕生日によって12の星座に分類し、性格や相性を占うというものだ。
 名前は自分の夫である忠がどの星座に属するのか、ふと気になった。始まりは、ほんの好奇心である。

「忠さんは11月22日生まれだったよね。」

 彼の誕生日は比較的、記憶しやすい日であるといえた。月日が揃い目で犬猫の日であり、いい夫婦の日という語呂合わせで思い出しやすい。名前は早速、スマホで星座を検索していった。

「11月22日は、さそり座?」

 さそり座のページをスワイプしていくと、性格や恋愛傾向など整列された文章が並んでいく。
 その占断ページによると、さそり座の男性は基本的に真面目で完璧主義者であること。口数は少なめで大人しいが、仕事は確実に完遂させるタイプであること。内面に静かに燃えるような情熱があり、黙々と努力する人と記載されていた。その内容はどれも彼の性質を言い当てているように思え、名前は驚嘆の声を上げた。

「どれも当たってるかも……面白い。」

 名前は更にスワイプし、今度は恋愛傾向の文章にじっくりと目を通していった。

「『さそり座の男性は懸命に相手に尽くし、忠誠を誓うかのように愛し続けるタイプです。一途で健気に愛情を深く注ぎます。』……これも当たっているかも。」

 そのページは最早、名前にとって菊池忠という男の解体新書にひとしかった。
 感情をあまり表情に出さない分、行動で示す。不器用で奥手だが、一度心を許した相手には大胆に愛情表現をする。独占欲や執着心が強く、相手にも一途であることを求める、などが書かれていた。

「星座占い、本当によく当たってる。」
「占いですか。」
「そう。書いてある内容が本当に……って、忠さん?」
「はい。先ほど風呂から出ました。」

 忠は水気に濡れた髪を拭きながら、そう告げた。彼のシンプルなルームウェア姿は、極めて貴重であるといえる。忠は政治家秘書として、スーツ姿でいることが圧倒的に多い。このようなラフな姿を無防備に見せるのは、妻である名前の前だけだからだ。
 物憂い雰囲気をまとった端整な顔立ち、美しく痩せたシルエットは、ルームウェア姿でもきれいな印象を与える。名前は自分の伴侶にこっそり見惚れつつ、問いかけていった。

「忠さんは占いとか見るタイプ?」
「いえ。おそらく見たら信じてしまうので。」

 彼は真面目な回答とともに、ソファーに座る名前の隣に座った。しばらく占いについての話題で盛り上がり、名前の視線はやがてスマホに落とされた。

「星座占いを試しにしてみたの。それで忠さんで占ったら、結果がとても当たってる気がして驚いたんだよね。」
「それは気になりますね。」
「じゃあ、今から読み上げるね。」

 名前から占いというスピリチュアルな話題が出ることが珍しく、忠は興味深そうに耳を傾けた。さそり座の男性の基本性格、恋愛傾向、好みのタイプなど。名前は一生懸命に文字を追い、嬉々として読み上げていく。そんな妻の様子が可愛らしく思え、忠は占いの内容よりもそちらに夢中になった。それこそ、相槌を打つのを忘れてしまうほどに。

「忠さん、ちゃんと聞いてる?」

 両親に話を聞いてもらえない、拗ねた童女のような口ぶりである。普段はしっかり者の妻だが、こういう一面で途端に幼くなるのも可愛いと、忠は微笑みがこぼれてしまう。

「すみません。今のところをもう一度お願いします。」
「いいよ。今度はちゃんと聞いててね。」
「わかりました。」

 可愛らしく寛容な主人に仕えるような心地で、彼は頷いた。名前は次第に、忠の肩へと甘えるように身を寄せていった。さりげないスキンシップに応えるべく、彼は右腕を嬉しそうに妻の体へとそっと絡める。

「私のことは大体わかりました。今度は名前さんの結果が知りたいです。」
「自分の?」
「はい。たとえば、好みのタイプですね。」
「好みのタイプ……忠さんがいるのに?」
「夫として、名前さんの理想に近づきたいと思いまして。教えてくださいませんか?」

 真面目で完璧主義者。そんなさそり座男性の基本性格を体現したかのように、忠は控えめに告げた。
 名前は歓喜と多幸感で、肺腑の奥まで一気に満たされていく心地になった。スマホを操作し、検索結果を読み上げていく。

「わかった、調べるね。ええと……『この星座の女性の好みのタイプは、情熱的な愛情表現をする男性です。野心的で、自身の欲望に正直な男らしい人に惹かれるでしょう。』……愛之介様かな?」
「……そうですね。」
「当たってる気がする。確かに、愛之介様みたいなタイプが好みかもしれない。」

 名前の無邪気な自己分析に対し、忠は表情に翳りを落としていく。妻の理想の男性像は、自らと対極にいる男だと言われたようなものだからだ。
 派手な愛情表現を惜しみなく行い、男性として情熱的な魅力に満ちた主人の名。それが愛する妻の口から理想として紡がれた。ただその事実が、暗い業火となって忠の胸中に燻った。

「少々面白くないですね。あなたから、愛之介様の名前が出るのは。」

 名前はその平坦にすぎる声色を聞き、これまでの経験から悟った。忠が不機嫌になったということを。嫉妬という名の静かな烈火は、長く続きそうな気配をまとっている。
 これは早急に機嫌を取らなければならない。そう判断した名前は、慌ててフォローを入れていく。

「でもこれは占いだから、」
「よく当たってると思います。私は確か『独占欲や執着心が強く、相手にも一途であることを求める』でしたね。」

 忠は名前のスマホを丁寧に手に取り、テーブルへと置く。まるで読み終えた新聞を網棚に置くように、もう必要のないものとして扱った。主人の反応がなくなったスマホはやがてスリープモードに入り、自動で消灯していった。
 彼は名前の腰へと手を回し、伺いもなく唇を攫っていく。長く執拗な口づけは愛情に満ちながらも、容赦がないものだった。

「ん……っ、忠さん、」

 慣れ親しんだ夫の舌に愛され、名前は従順に蕩けていく。唾液が絡まる水音が静かな音源として、いやらしく響いた。そうして唇の交歓を終える頃には、夫婦間には熱っぽく淫靡な雰囲気が漂っていた。

「なんで急にこんな……、」
「野心的で、自身の欲望に正直な男らしい人物が好みだと仰ったので。それに情熱的な愛情表現に弱いのでしょう?」

 たっぷりと根に持った言い回しだった。彼は愛しげに唇を親指の腹でなぞりながら、問う。

「名前、次はどうして欲しいですか? 夫として妻のあなたの要望に応えましょう。」

 忠は名前を追い詰める時、無意識の内に呼び捨てになるらしい。普段の憂いを帯びた控えめな雰囲気はそこにはなく、絶対優位の捕食者めいた雰囲気をまとっていた。名前は恥ずかしがりながらも、降伏の言葉を口にしていく。

「抱かれたいです……忠さんに、その…いっぱい愛されたい、……」
「わかりました。ではそのように。」

 愛する妻へと忠は機嫌良く口づけを施していく。それは獲物を前にした蠍(さそり)が逃さぬよう、神経に作用する毒をゆっくり注入していく様子に酷似していた。
 懸命に相手に尽くし、忠誠を誓うかのように愛し続ける。そして独占欲や執着心が強く、相手にも一途であることを求める。忠はまさしく、さそり座の男だった。



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