スノーマンの願いごと


 天使のように可愛らしい男の子。馳河ランガの幼少期の容姿を形容する言葉として、おそらく多くの人びとがそう称賛するだろう。
 新雪のような肌に愛らしい口もと。スノーウェアに身を包み、寒色系の子ども用スノーボードをちいさな手に抱えている。家族写真のなかに可愛らしい美少年として収まる、ランガの過日の姿。それを眺めた名前の唇からは、賛嘆のため息がこぼれた。

「これに写ってるランガ、とても可愛いね。天使みたい。」
「そう?……なんか、そうやってずっと見られてると照れくさいんだけど。」
「だって可愛いんだもの。ほんとに天使みたいで。」

 肩甲骨に真っ白な翼が幻視できる。そんな口ぶりの彼女にランガはオーバーなたとえだと、苦笑する。

「さて、次のランガはどんな感じかな。」

 名前が嬉々としてアルバムのページをめくっていくと、5歳になったランガの写真が目に入った。プーティンを口いっぱいに含み、頬がハムスターのように膨らんでいる。口もとにはグレイビーソースがたくさんくっつき、食事にかなり夢中なのが見る者につたわってくる。
 写真のなかにある暖色系のテーブルには、皿の白亜の塔が立派に積み上げられている。名前は微笑みながら問う。

「この頃から結構食べてたとか?」
「そうかも。プーティンをよく食べてたし、食べる量が多いから母さんが驚いてた。あの頃は父さんと一緒に、スノーボードばかりしてたし。」

 よく食べるのは今に始まったことではない、とランガは断言する。しかし大食の傾向があっても、幼い頃から完成された美貌を持つ者は、成長の過程でも美しさを損なわないらしい。愛らしく幼い時期が過ぎたあとは、凛々しく男らしさを備えた青年期へ。そんな過程を写真は克明にとらえていた。
 名前はそれらを心ゆくまで堪能した後、感慨深くつぶやいた。

「写真って偉大だね。自分が知らないランガをたくさん見れて良かった。」
「俺は名前の小さい頃の写真が見たい。」
「私の?んー、それはだめかな。」
「なんで?」
「だって恥ずかしいし……もしかしたら、ランガを幻滅させちゃうかも。」
「……そんなことない。」

 つれない反応に、ランガはわかりやすい不満の表情となる。彼は名前の両肩に手を乗せ、そっと告げていく。

「名前……お願い。」
「う、」

 遊んでほしいと主人にねだる仔犬の表情である。氷雪のようなつめたさを感じさせる美貌に、幼い愛らしさをまとわせている。ランガの甘えるような懇望は、顔が良い男だから成せるわざだ。
 名前はこの愛しい恋人の懇望にすこぶる弱い。どんな要求をされても大抵は頷いてしまいそうだと、今日も降参の白旗を早々に振った。

「わかった、わかったよ。……じゃあ、明日ね。」
「本当?ありがとう。名前の小さい頃が見れるの、すごく楽しみ。」
「そんなに楽しみ?」
「うん。俺の知らない名前が見れるのはとても新鮮だし、嬉しい。」

 ランガの愛情は雪の性質によく似ていた。無垢で愛情に満ちた言葉を降り注ぎ、相手をよろこばせる。新雪のような肌をほのかに染め、彼は今日もスキンシップに勤しむ。愛しい名前の手をそっと引き、自らの腕のなかにすっかり収めてしまう。そして大切な宝物に触れるかのように優しく手を絡め、ハグしていった。

「名前って、もしかして体温高い?」
「んー?平均的だと思うよ。どうして?」
「いや……こうしてハグすると熱いし、いつも溶けそうだと思うから。」

 幸せそうにまなじりを緩ませながら、ランガは情緒的な所感をつぶやいた。触れあった手のひらは汗ばみ、肉体的な緊張と興奮をダイレクトにつたえている。
 雪のような名前の恋人は人肌の熱さに弱いらしい。愛しいひとの体温に触れれば、溶けてしまいそうだと瞳を潤ませる。天使のように可愛らしかった男の子は成長し、プーティンではなく、名前が欲しいとねだっていた。

「ランガ、」
「俺、溶けるなら名前と一緒がいい。……お願い。」

 ランガから本日二度目の懇望がなされる。性急さと切実さが込もったそれを耳もとで囁かれ、名前はそれこそ蕩けそうな心地になった。春先のあたたかさに溶かされる雪のように。



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