ジョー&チェリーといっしょ


 華やかな水着売り場に、女ひとりと男ふたりが来店した。
 女は名前といい、彼女の両サイドにはふたりの顔馴染みの男たちがいる。ひとりは陽気で享楽的な雰囲気があり、筋骨隆々の色男こと南城虎次郎。もうひとりは計算高く神経質で、女性的な美貌を誇る桜屋敷薫。
 彼らは視線が合えば空中で不協和音を奏で、幼稚な罵詈雑言で殴り合うという喧嘩をしている。テンポの良ささえ感じさせる応酬は最早、仲の良い親友のようだった。

「どう考えても似合うのは黒だろ。名前のきれいなボディーラインを際立たせるなら黒一択だ!」
「清楚な白が一番似合うのがわからんのか、ボケナス。名前を上品に魅せるなら白に決まっている。」

 主張の激しい灼熱の視線と、冷ややかな氷霜のごとき視線が衝突する。互いに譲る気はまったくないらしい。
 名前にとって、その様子は喧嘩している犬猫にひとしかった。ため息を吐いて、両者に終息を促した。

「あのね……私が着る水着の色くらいで、そんな喧嘩しないの。はい、喧嘩は終わりにして。」
「名前は黒がいいよな?」
「うん?」
「一緒に海に行くだろ?なら、一度でいいから黒系の水着を着てもらいたくてな。絶対にお前に似合うと思うぜ。」

 虎次郎は名前に近寄り、黒のセクシーなレースアップタイプの水着を熱心にプレゼンした。トップのブラの中央、ボトムのサイドが編み上げになっていて、煽情的な雰囲気がある。ボディーラインをセクシーに魅せることに特化したようなデザインに、名前は唸った。

「うーん。色はいいとして、ちょっと派手すぎない?」
「そこがいいんだよ。あと脱がせる時が楽しそ……って、いってーな!何しやがる!」
「セクハラが過ぎるんだよ、この万年発情期の筋肉ゴリラが!」
「んだとこのロボキチ!」

 虎次郎は痛みに耐えつつ反論する。鋭い右足の蹴りを尻にクリティカルヒットさせた薫は、発情する駄犬を見た表情である。彼は開いていた扇子を片手でぴしゃりと優雅に閉じ、名前へとプレゼンしていく。

「名前。水着の色など好きにすればいいと思うが、俺は白を勧める。白は夏場では熱を吸収しにくい上に、このワンピースタイプの水着なら最新のトレンドもおさえていて効率的だ。カーラ、そうだな?」
『はい、マスター。今夏で流行しているデザインは布面積が広く、ボディ全体をカバーするワンピースタイプです。肌の露出が少なくなるため、水着に対する抵抗感をそれほど感じることなく着用できます。』

 薫の問いかけに、高度なAIで制御されたスケートボードのカーラが律儀に答える。白を基調としたワンピースタイプの水着は、レースが随所にあしらわれていてラグジュアリーな雰囲気を醸している。
 上品でセレブリティ溢れるデザインはそれなりに高値であり、名前は再び唸った。

「これは可愛いデザインだね。でも、ちょっと値段が高いかも。」
「値段なら気にするな。それくらい俺が出す。」
「薫、お前はそれ着た名前が見たいだけだろ。性癖丸出しなんだよ、このスケベ野郎!」
「普段から上半身丸出しのお前にだけは言われたくないんだよ、この露出狂ゴリラ!」

 放っておくと、すぐ喧嘩が再燃するらしい。幸いなことに水着売り場に来ている客は少ないが、先程から好奇の視線をちくちくと名前は感じていた。虎次郎と薫は全く系統は違えど、その容姿は際立って整っているだけに非常に目立つ。早々に決めようと、あるひとつの水着を彼女は手にした。

「わかった。じゃあ、ふたりの意見を採用してこれにする。」

 きょとん、とするふたりを置いて名前は会計を済ませた。名前が購入したのは黒と白を基調にした、モノキニと呼ばれる水着だ。モノキニは前から見るとワンピースタイプ、後ろから見るとビキニに見える。サイドが大きくカットされ、セクシーな肌見せとレースによる上品な視覚効果があるデザインである。
 まるで虎次郎と薫がプレゼンしてきた水着の長所をうまく融合したような、ハイブリッドの水着だった。

「おっと……これはこれで」
「……悪くないな。」

 殴り合い寸前だったふたりは、突然餌を投げられた犬猫のようにその水着に夢中になった。
 顔を合わせれば喧嘩をするしかないような顔馴染みたちだが、名前はふたりが大好きだった。それは恋というより、今は悪友の延長に近い。この距離感の居心地の良さを彼女なりに愛しみ、慈しんでいた。

「虎次郎、薫。これ以上喧嘩するなら、ふたりとは海に絶対行かないことも前向きに検討するからね。」
「それはダメだ。……わかった、わかったよ。今は休戦する。」
「いいだろう。一時停戦だな。」
「……そこで仲良くするとかは、絶対言わないんだね。」

 犬猿の仲。水と油。そんな言葉を騒がしく体現する、ふたりらしい答えに名前は唇を緩めた。彼らと迎える今年の夏も実に楽しくなりそうだと、予感しながら。



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