名前は恋人のランガが、犬の性質に似ていると常々感じていた。スノーブルーの毛並みが美しいこの大型犬は、心を許した愛しい相手にはとことん甘える。
キスをする時はまるで糖蜜(シロップ)をなめ取るように無邪気に舌を動かし、愛情表現をたっぷりする。犬科の尻尾がついていたなら、さぞかし嬉しそうに振っているにちがいない。ランガから際限なくキスを求められ、名前は嬉しいと感じながらも、供給過多の状況にいつも制止の声を上げていた。
「……っ、ランガ!ちょっと待って。」
唇の前に手のひらを翳され、ランガはお気に入りのおもちゃを急に取り上げられた仔犬の顔となる。不満と切望を等分した表情で、名前を見つめた。
「もっとキスしたい。名前は嫌なの?」
「それは嬉しいよ?でも、回数がちょっと多い気がするんだよね。」
「カナダではこれが普通だから。」
「そうなの?」
「そう。キスもハグもたくさんする。」
北米の文化に疎い名前は、未だにこのスキンシップに照れてしまい、中々慣れなかった。
ランガの特定の相手に対するスキンシップは、カナダ人である父のオリバー譲りである。オリバーは妻や息子にボディーランゲージで、惜しみなく愛を注ぐタイプだった。
良いことをした時は頭を撫でられ、優しくハグをされる。好きや愛しているという好意的な言葉を、惜しみなく注がれる。そんな愛情に満ちた暖かな環境で育ったランガは、愛情表情を実にストレートに行う。
「父さんは、俺がスノーボードで上手く滑れると『最高だ!愛してる』って抱きしめてくれたんだ。それが小さい頃はとても嬉しかった。」
「ランガのお父さんは愛情豊かな方だったんだね。」
「俺もそう思う。だから俺も父さんに倣って、そうなりたい。」
ランガは両手を名前の腰に回し、そっとハグした。服越しのあたたかな感触と体温。それに互いに安堵し、胸が多幸感に満たされていく。
「名前とこうしてると、幸せなんだ。父さんにハグしてもらった時とは、また違う嬉しさがある。」
「ランガって本当にストレートだよね。私も、とても嬉しいよ。」
至近で愛しむような視線が交差し、恋人同士特有の甘やかな雰囲気となる。特別な相手には時間をかけて触れ合いたい。そんな想いが、言葉にしなくてもつたわるようだった。
待ちきれずに先に近づいてキスしたのは、ランガの方だった。軽く戯れるようなそれから、切実な熱情を訴えるようなキスに変わるまで時間はさほどかからなかった。
「名前、好き。好きだ……、」
構ってほしいと甘える大型犬から、愛情が抑えきれない魅惑的な男の表情になっていく。熱っぽく好意を告げ、涼しげな美貌を切なげにゆがめた。名前を射竦めるアイスグリーンの瞳は、狼も犬科だということを改めて認識させるかのようだ。
名前は蕩けかけた声で、猶予を求めた。意味のない言葉だと思いながらも、反射的に。
「ん、ランガ、待って……、」
「俺は利口な犬じゃないから、待てない。」
衝動を抑えられないのではなく、抑える気がない。そんな力加減で、ランガは名前を甘く追い詰めていく。
利口な犬ではないと自称しながらも、名前の体がどうすれば蕩けるかは熟知しているらしい。『待て』ができないカナディアンの血を濃く引いた恋人に、ひたすら愛される。それが名前の運命だった。