君のプーティンが食べたい


※公式Twitterの大喜利、必殺の口説き文句ネタです。



 プーティンというカナダの郷土料理がある。フライドポテトにグレイビーソースと粒状のチーズをかけたもので、簡単にいえば濃厚な味付けポテトだ。カナダのスキー場では定番のファストフードとして販売されており、多くのスノーボーダー達が愛食している。
 ランガは幼少の頃からプーティンが好物で、カナダに住んでいた時はほとんど毎日食べていた。父と一緒にスノーボードを楽しみ、母に買ってもらった熱々のプーティンを口にする。それが何よりの贅沢で幸せだった。

─── 近くに美味しいプーティンがあるんだけど、食べに行かない?

 このセリフは気づけばランガなりの口説き文句、として確立していた。好きな食べ物を好きな人と一緒に食べたい、という食欲旺盛な彼らしい誘い。
 名前はランガにそう口説かれた時のことを思い出し、あたたかな追懐に口もとをほころばせた。

「プーティンを作ると、ランガと初めて会った時のことを思い出すよ。」
「初めて会った時?」
「そう。お腹が空いてるか聞かれて、プーティンを食べに行こうって言われたのを覚えてる。……はい、お待たせ。料理できたよ。」

 名前がテーブルに運んできたのは、カナダの郷土料理であるプーティン。揚げたての大ぶりなフライドポテトがスノーブルーの大皿に、ふんだんに盛ってある。その上には贅沢にグレイビーソースと粒状のチェダーチーズがかけられ、イタリアンパセリの瑞々しい緑が彩りを引き立てていた。

「美味しそう……!」

 ランガの氷雪を思わせる涼しげな美貌が、無邪気に輝いた。たとえるなら、突然雪が舞ってきたのをよろこぶ子どものように料理を眺めている。名前がそれを優しく見守っていると、ランガは待ちきれないようにフォークを片手に嬉々として伺った。

「食べていい?」
「もちろん。ランガのために作ったんだから。」
「ありがとう、名前。いただきます。」
 
 待ての命令が解除された大型犬のように、ランガは料理を次々と口にしていく。その食べっぷりは見ている者に、清廉な心地良さを感じさせるものだった。大好きな恋人が、心を込めて作った料理を嬉しそうに食べてくれる。これ以上に嬉しいことはないと、名前は心から感じていた。
 
「そういえば、さっきの話。暦に『名前のことが気になるなら、声かけてこい』って言われたのを思い出した。」
「暦くんに?」
「うん。」

 ランガは元々口数が少なく、コミュニケーションが得意な方ではない。好意を抱いた女の子には、黙って熱烈な視線を送るタイプだった。それを見かねた親友の暦が「男ならビシッと口説いてこいよ、ランガ!」と背中を押したのだった。
 暦は人懐っこい気遣いと、粗野な親愛の示し方をする少年だった。名前を熱心に見つめていたランガをボードに乗せ、文字どおり背中を押した。ランガの急接近に驚いた名前が転びそうになり、それに対してランガはダンスのペアのようにとっさに手を絡ませて支えた。ふたりの出逢いは、暦のささやかな後押しから始まったのである。

「今では暦に感謝してる。名前とこうして一緒にいれるし、料理も作ってもらえて嬉しいから。」
「ランガ……、」

 愛情に満ちたまなざしと、雪解けした春のような微笑み。甘い静寂がふたりに漂う。

「俺は、名前のプーティンが毎日食べたい。」

 素直でストレートな吐露は、名前を蕩かせるのには充分だった。熱に溶かされるチーズの心地、というものがあったら今の名前の状態をいうのだろう。
 恥ずかしそうに視線をさまよわせ、彼女はフォークを置いた。微笑みの余韻を唇に乗せて、告げていく。

「それって、なんかプロポーズされてるみたい。」
「プロポーズ?」
「日本バージョンだと『あなたの味噌汁が毎日飲みたい』みたいな感じ。結婚して毎日作ってほしい、って意味かな。」

 日本文化に疎いランガではあったが、その言葉を聞いて奥ゆかしいプロポーズをするものだと感心していた。

「じゃあ、今のはプロポーズでいい。」
「うん?」
「俺のために毎日プーティンを作ってほしいのは本当だし、名前には隣にずっといてほしいから。」

 アイスグリーンの瞳が、穏やかにほそめられる。カナダ人は寒冷な土地に反するように、ストレートで情が厚いという。おおらかで知られる日本人に北米の血が入ると、ナチュラルかつ大胆に人を口説くのかもしれない。
 名前は恥ずかしがりながらも、喜びをしめした。ランガとのそう遠くない、甘い未来図に想いを馳せて。
 


「ランガ、お腹いっぱいになった?」
「うん。名前が作ってくれた料理、どれも美味しかった。」

 片付けを終えて、ふたりはソファーで寛いでいた。食事を終えると、ランガはいつも名前限定で甘えたがりになる。胃袋を満たされた至福から、口直しのデザートを要求するような雰囲気になっていく。

「ランガ、」
「今度は名前がいい。」
「別腹ってこと?」
「そう。食べたい。」

 人懐っこく頬を擦り合わせ、恋人を不埒に口にすることを所望した。ランガは好きなものを貪欲に、飽きることなく食べる。さしずめソファーは大皿だろうか、と名前は次々と施されるキスを享受する。彼の形の良い端麗な口もとが、まるで放埒な美食家のように弧をゆるく描いた。

「いただきます。日本では、こう言うみたいだから。」



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