孔雀明王の恋わずらい


※登場人物が日本の神々(一部創作)
※神が時代によって代替わりをするという前提

 

「雨や風は穏やかに、大地は渇くことなく芽吹き、善き季節よ今年も訪れよ」

 名前は日出ずる国の四季の神だ。彼女は祝詞を唱えながら、日本列島における四季の順転を管理していた。
 四季の神は認知度がやや低く、人々の信仰もそこそこといったポジションに収まっている。しかし名前は人々のために、より良い季節にしようと日々頑張っていた。

「天気予報士さんたちが予想しやすいよう、今年は日本列島の梅雨入りをもっとわかりやすくしましょう」

 名前は梅雨前線と呼ばれるものと話し、通過期間について協議していた。彼らは機嫌次第では連日に渡って雷雨を降らすなど、とても気まぐれな性質をしている。名前は時期を調整し、今年も梅雨前線が無事に日本列島を通過できるよう尽力していた。

「昨年は各所で『猛暑日が多すぎる』という苦情が多くありました。今年の夏は、なるべく気温を低めにしたいところですね」

 彼女が夏の気温調整について考えていると、仕えている神使たちが本尊へと駆け込んできた。
 
「名前さま!大変です、また関東地方で大雨です!!」
「各地から『梅雨入りが早すぎる』『ふざけるな』と苦情が相次いでいます!」
 
 四季の神である名前のもとには全国にある祠から、日本国民の声が届く。祠はいわゆる神様へのポストであり、大抵は嘆願あるいは苦情である。
 四季と天候は密接な関係にあり、日本では四季の神と天候の神は同一視されている。つまり空模様が不安定な日が続くと、真っ先に彼女に苦情がいくのである。
 
「この予期しない連日の大雨。……また孔雀明王の仕業ですね」

 上司ならぬ上神の名をつぶやき、深々とため息がこぼれていく。現代の孔雀明王は、名前が現在最も頭を悩ませている存在だった。
 孔雀明王・愛之介。彼は神々しく華美な容貌を持ち、愛と慈悲の象徴とされている至尊の明王だ。印度の女神マハーマーユーリーの血筋であり、マハーマーユーリーとは『偉大な孔雀』を意味する。
 彼の名は日本における祈雨法(雨乞い)にも登場し、文献では雨を予知する能力があるとされている。しかし実際は完全なる予兆であり、自らの意思で自在に雨を降らすことができる。愛之介は名前の梅雨入りスケジュールを嘲笑うかのように、好き勝手に大雨を降らせていた。

「あの方はいつも勝手に大雨を降らして……こうなったら、また直訴しなくては」

 名前は立ち上がり、乗り込む決意を固めた。日本列島の安定した天候は、彼女の双肩にかかっていた。



「日出ずる国の栄えある孔雀明王へ、ご挨拶を申し上げます。無礼を承知で申し上げます。連日に渡り、大雨を降らせることはお止めください」

 名前は御殿に乗り込み、直訴した。四季の神が騒いでいることに対し、御殿内にいる孔雀の神使たちは無礼だと咎めることはしない。むしろ歓迎の意を込めて豪勢な食事を提供し、美麗な舞いを披露していた。なぜなら、主君からは大切な客人として接するようにと申し付けられているからだ。

「待ち侘びたよ、名前。会えて嬉しいな」

 孔雀明王こと愛之介は、名前の来訪をとても喜んでいた。まるで長らく留守にしていた愛しい恋人に会えたかのような、歓喜の雰囲気だった。

「孔雀明王などと堅苦しい仏名で呼ぶのは、老神たちの悪しき風習だ。僕のことは愛之介でいい」
「では、愛之介さま。先ほどの大雨の件を、」
「それは一曲踊ってくれたら、考えよう」

 愛之介は会う度に様々な理由をつけて、名前と一緒に居たがった。大雨を降らせることを止める条件として一緒に踊ったり、現世で一緒に視察に行くことを要求したりしていた。それは傍から見れば四百四病の外、つまり恋ゆえの行動である。
 孔雀明王こと愛之介は、愛を得るには手段を選ばない仏神といえた。下界でいうところの政治家らしく、言葉巧みに囁く。

「断っても構わないが、そうなったら僕は悲しいな。悲しみのあまり、一月ほど日本列島に大雨を降らせてしまうかもしれない。民は陽を長らく拝むことなく、苦しむだろう」
「あの、それは脅迫では……?」
「脅迫? 僕は愛と慈悲の象徴だ。名前、これは慈悲ある取引に他ならない」

 日本列島の国民と天候を人質とした、壮大なスケールの脅迫だった。愛と慈悲の象徴ではなく、愛と恐喝の象徴に改めるべき言動である。
 もはや四季の神たる名前に、選択肢などあってないようなものだった。手を絡ませ、情感あふれる踊りに身を委ねる他なかった。
 
「わかりました。踊ります、心を込めて踊ります!」
「それは良かった。さあ、僕と踊ろう」

 愛之介が合図すると神使たる孔雀たちが、一斉に飾り羽を広げた。彼らの濃青色の体、鮮やかな緑と金の眼状紋の飾り羽といい、一幅の優雅な背景画となっていた。
 かくして踊りが一段落したところで、名前はかねてから思っていたことを告げることにした。
 彼は嫌がらせではなく、名前に会いたいがために雨を降らせているのは明白だったからだ。

「愛之介さま」
「何かな?」
「わざわざ大雨を降らせたりしなくても、あなたがお呼びしてくれたら、いつでも馳せ参じます。一緒にこうして踊ったり、現世に視察に行くのは楽しいですから」

 去り際の名前の言葉は何気ないものだったが、愛之介の心を大いに揺さぶった。そして日出ずる国の仏尊らしからぬ言葉で、恋しい女神にさらに焦がれた。

「ああ、名前……君はなんてラブリーなんだろう」

 この会話以降、日本列島では連日の雨続きが嘘だったかのように晴れ上がった。季節外れの猛暑日が続き、各地では干ばつ寸前となった。突然襲ってきた異常気象に国民たちは悲鳴を上げ、苦情を次々に漏らした。

「雨や風はなく、大地は渇いて干ばつ寸前、善き季節よ今年は訪れ……てないですね。また孔雀明王の仕業ですね」

 孔雀明王の恋わずらいは日本列島の天候を揺るがし、名前をさらに悩ませたのは言うまでもない。
 日出ずる国に平和な四季が訪れるかどうかは、ふたりの恋の行方に委ねられたのである。



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