神崎は、屋上でボンヤリと空を見上げていた。 神崎の頬は腫れ上がり、唇は切れている。 (………イテェ。) 神崎はため息をついた。 男鹿に負けた。挑戦して、負けて。そのくりかえしだ。 神崎は口元のピアスを外した。痛々しい程耳についているピアスも、取って握る。 (……イテェ…な…) 口の中の血を屋上に吐き出す。重い音がして、神崎は虚脱感に深く息を吸った。 息を吐く勢いで、目を閉じる。 「………なんだ、神崎。やっぱりここにいたのか?」 「……神崎さんだ、男鹿辰巳。」 神崎は音もなく開いた屋上の扉を静かに見据えた。 その目線を捕らえて余裕しゃくしゃくと笑う男鹿にフツフツと内から怒りが沸いて来たが、今体力を削るのは避けたい。 「……帰れ死ね。」 「…ほれ…薬。ちゃんと手当しねぇと腐るぞ。」 男鹿は神崎の頬をなぞると、薬を渡してきた。 「てめぇに触られたんじゃ、腐るしかねぇな。」 「可愛くねぇ。」 神崎は薬を奪うように取ると、蓋を開ける。チューブ式の塗り薬のようだ。 神崎は床にそれを全部搾り出した。 「薬なんか持ってきやがって…勝者の余裕ってやつか?あ゙ぁ?」 「…いや?」 「じゃあ、哀れんでんのか?」 「違う。」 「自分が傷つけたから、懺悔のつもりで、こういう事するのか?」 「……ちょっと近いかな。」 「ってめぇぇ!!」 神崎は拳を振り上げた。 男鹿は神崎と喧嘩した後は、必ず薬を持ってくる。 神崎と、喧嘩した時は、必ず。 他の奴なら負けてボロ雑巾のようになっていても道端に捨て置く悪魔の様なこの男が、神崎と戦った後には必ず。 (……ふざけるな。俺は一応この石矢魔高校でタメはれる東邦神姫なんだ。ボロ雑巾共よりも弱い筈がねぇのに。哀れまれているなんて……) 神崎は振り上げた手をそのまま振り下ろす。 「あれ、神崎、ピアス全部外してるんだ。」 男鹿は神崎の拳を軽くあしらってにぎりしめる。 「………っいた…!」 「お、わりぃ。」 神崎が顔をしかめるのを横目に見ながら、男鹿はまじまじと神崎を見た。 「ピアス無いと、またこれはこれでいいな。」 「手を離せ!」 「ん〜?断る。」 「構うんじゃねぇ!!」 「やだよ、恋人だから。」 「……またそれか。」 神崎は歯噛みして、男鹿を睨みつける。 男鹿は感情の読めない笑みをはりつけたまま神崎を見つめている。 「…好きな奴に、暴力振る奴なんかいるか。」 「…何言ってんだ。お前。」 俺の所有物だっていう証をつけてるだけだ。 男鹿の愉悦と侮蔑に歪んだ顔に、神崎は同じく愉悦と侮蔑を浮かべた酷い顔で唾を吐いた。 確かに、そこには『愛』があった筈だった。 |